御迎人形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 23:59 UTC 版)
御迎人形は元禄期に祭の前に町内に飾られ、祭になると船に高く人形を掲げて神霊を迎えたことが始まりとされている。当時の人形は2メートルほどであったが、享保年間の人形芝居の隆盛により4メートル以上ある大型の御迎人形も製作されるようになった。弘化三年の『天満宮御神事御迎舩人形図会』によると44体あったが、維新や戦禍で多くが焼けてしまい15体になった(うち14体は大阪府有形民俗文化財)。御迎人形の多くは歌舞伎や能物を題材としており、他には羽柴秀吉や坂田公時、関羽など和漢の歴史や物語の人物が多い。天神橋筋商店街の天神橋筋2丁目アーケードに御迎人形をモティーフにした人形を見ることができる。 御迎人形の逸話として文政7年に御迎人形の阿部保名に恋をした天満青物市場の娘さわの話が残っている。 残っている15体は天神祭の期間中数体が境内で展示される。
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