トルコ軍によるシリア侵攻 (2019年)とは? わかりやすく解説

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トルコ軍によるシリア侵攻 (2019年)

(平和の泉作戦 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/31 01:54 UTC 版)

トルコ軍によるシリア侵攻 (2019年)は、2019年10月9日トルコ軍シリア国境を越えてクルド人勢力に攻撃を行った作戦について記述する。トルコ側発表による作戦名は平和の泉作戦トルコ語: Barış Pınarı Harekâtı英語: Operation Peace Spring)で、トルコ公式メディアTRT日本語が公式に使用しているほか[1]スプートニク通信社日本語版なども同様に「泉」と表記している[2]。その一方で、AFP(フランス通信社)日本語版など一部のメディアは作戦名を平和の春作戦と表記しているが[3]、これは「泉」を意味するトルコ語 pınar(ı) の英訳に当たる単語 spring が「泉」のほか「春」や「ばね」などの意味も持つ多義語であり、トルコ語 pınar(ı) を日本語に重訳する際に生じた誤訳であるものと推測される。

2019年10月9日以前

トルコは、国内のクルド人反政府勢力の拠点がシリア側に存在するとして2016年以降、複数回にわたり、内戦政治的空白区になっていたシリア北部に侵攻。武力勢力の掃討作戦を実施してきた。

2018年12月19日アメリカ合衆国は「ISILを打倒した」として、シリアに展開する駐留アメリカ軍の撤収を開始[4]。さらに2019年3月22日には、シリアにおけるISILの支配領域を完全に奪還したと発表[5]。シリア北部の勢力図に大きな変化が生じることとなった。

2019年10月6日、トルコ政府はシリア北部の国境地帯で、クルド人民兵部隊を標的とした軍事作戦を予告。これに対してアメリカは、アメリカ軍を国境付近から撤退させる一方、トルコの作戦支援は行わないと表明。さらにドナルド・トランプ大統領は、ツイッターでクルド人を見捨てたわけではないと擁護しつつも、トルコ側の軍事行動も容認する姿勢を示唆した。10月8日、トルコ国防省はシリア北部に対する攻撃の準備が完了したと発表した[6]

2019年10月9日、トルコ軍は国境地帯でシリア領内に向けて砲撃と空爆を開始。続いて地上部隊が越境作戦を開始した。シリア領内でトルコ軍に対抗するシリア民主軍は、トルコ軍が実施した地上作戦を撃退したと発表したが、初日から砲撃により民間人の死者が生じた[7]。トルコ国防省は、トルコ軍と自由シリア軍がユーフラテス川の東側に進攻したと発表した[8]

作戦開始以降

2019年10月9日以降、トルコ側は作戦の意図として、トルコはクルド人が中心の人民防衛隊が中核をなすシリア民主軍などを国境付近から30kmの間で排除して緩衝地帯を設置。そこにシリア難民を移住させる構想を示した。エルドアン大統領は、国際連合のグテーレス事務総長に書簡を送る一方、トルコを非難した欧州各国に対して目下の作戦を占領と位置付けようとするなら、ドアを開けて難民360万人をあなた方のもとに送るとした警告を行った[9]

シリア民主軍側は、敵対行動を取ってきたシリア政府軍にロシアを仲介役として支援を要請[10]。2019年10月14日、シリア政府軍は、クルド側の要請に応じてアメリカ軍撤退後に軍事的空白地帯となっていたシリア北東部マンビジに進駐。一帯を勢力下に置いた[11]。また10月16日には、アイン・アル=アラブロシア軍とともに進駐した[12]

2019年10月15日頃には、マンブジの東方の町ラース・アル=アインをはじめ多数の個所でトルコ軍とクルド人勢力が交戦状態となった[13]。10月17日には、アメリカ合衆国の仲介により5日間の停戦が成立(後述)。停戦の条件には、クルド人部隊が停戦期間内に国境付近(トルコが提唱する緩衝地帯)から撤退することが挙げられていたため、クルド人部隊は20日までにラース・アル=アインから撤退を行った[14]

2019年10月22日ロシアソチにて、エルドアン大統領とプーチン大統領の間で国境付近の扱いに関する合意がなされた。さらに10月23日、トルコ国防省は、アメリカ当局より国境線沿い約120キロ、幅32キロに及ぶ緩衝地帯(もしくは安全地帯)からクルド人勢力が撤退した情報を得たとして、クルド人勢力への攻撃を再開する必要はないと発表した。同日からはクルド人武装勢力が撤退した地域にロシア軍が進駐し、パトロールを開始。一時は、シリア北部を中心に国土の3分の1近くを支配下に置いていたクルド人武装勢力が掌握する範囲は大幅に減退した[15][16]

アメリカ合衆国の和平工作

2019年10月6日、トランプ大統領はエルドアン大統領と電話会談を行った。翌7日には、ツイッターでトルコが一線を越えたとみなした場合には経済を完全に破壊し消滅させるとして経済制裁を示唆した[17]

2019年10月9日、トランプ大統領はエルドアン大統領に向けて書簡を送付。「もしあなたが正しく人道的な方法でやり遂げるなら、あなたは歴史的に高く評価されるだろう。しかし良い事をしなければ、あなたは悪人の烙印を押される」とするとともに、再び経済制裁を示唆して武力攻撃に抑制的になるよう働きかけを行った[18]。この書簡は、トルコ側には届いたもののゴミ箱に捨てられた[19]

2019年10月16日、アメリカ下院は、シリア北東部からのアメリカ軍撤退に反対する決議案を354対60の賛成多数で可決。与党の共和党からも賛成に回る議員が見られた[20]。アメリカ国内でも、2017年にクルド人に武器供与を行ってきた経緯[21]なども踏まえ、クルド人を見捨てたという批判が高まっていた[22]

2019年10月17日、トランプ大統領は、トルコにマイク・ペンス副大統領を派遣。エルドアン大統領との交渉が行われ、クルド人が国境付近から避難するために時間が必要として5日間の停戦合意を発表した[23]

2019年10月23日、トランプ大統領は、トルコ軍の作戦開始に伴い課していた経済制裁の解除を表明。また、シリア国内へのアメリカ軍駐留については、石油施設の保護を名目に少数で続ける考えを示した[24]

2019年11月14日、エルドアン大統領が訪米。ホワイトハウスでトランプ大統領と会談を行った。会談後、トランプ大統領はエルドアン大統領を称え、握手を行った[25]

脚注

  1. ^ 【平和の泉作戦】 トルコ外務省、「作戦は人口構造を変えることが目標ではない」”. TRT 日本語 (2019年10月11日). 2019年10月21日閲覧。
  2. ^ エルドアン大統領 シリアでのトルコ軍の作戦開始を発表”. スプートニク日本語版 (2019年10月10日). 2019年10月21日閲覧。
  3. ^ 動画:トルコ軍、対クルド作戦でシリア侵攻 民間人に死者 現地の映像”. AFP (2019年10月10日). 2019年10月21日閲覧。
  4. ^ アメリカ軍がシリアから撤兵~日本にも及ぶその影響”. ニッポン放送 (2018年12月20日). 2019年10月19日閲覧。
  5. ^ イスラム国最後の拠点奪還、残党勢力と戦闘継続 : 国際”. 読売新聞オンライン (2019年3月23日). 2019年3月23日閲覧。
  6. ^ トルコ、シリア北部で対クルド作戦開始を宣言 国境から米軍の撤退始まる”. AFP (2019年10月7日). 2019年10月19日閲覧。
  7. ^ トルコ軍、対クルド作戦でシリア侵攻 民間人に死者”. AFP (2019年10月9日). 2019年10月19日閲覧。
  8. ^ トルコがシリアに進攻 米国務長官は「承認していない」”. BBC (2019年10月10日). 2019年10月21日閲覧。
  9. ^ 「占領と呼ぶなら難民送り込む」、トルコ大統領がEUに警告”. CNN (2019年10月11日). 2019年10月21日閲覧。
  10. ^ シリア進攻のエルドアン大統領、停戦を拒否 米政府の要請に応じず”. BBC (2019年10月15日). 2019年10月21日閲覧。
  11. ^ シリア政府軍、対トルコ国境の要衝マンビジに”. AFP (2019年10月15日). 2019年10月15日閲覧。
  12. ^ シリア政権軍とロシア軍、トルコ国境の要衝コバニに進軍”. AFP (2019年10月17日). 2019年10月21日閲覧。
  13. ^ シリア・トルコ国境で交戦続く 米軍撤収の空白にロシア部隊”. AFP (2019年10月16日). 2019年10月21日閲覧。
  14. ^ クルド部隊、シリア北部から撤収 国境の町ラスアルアイン”. AFP (2019年10月21日). 2019年10月21日閲覧。
  15. ^ クルド攻撃再開は「必要ない」 トルコ国防省、撤退完了受けて発表”. AFP (2019年10月23日). 2019年10月23日閲覧。
  16. ^ ロ軍、シリア・トルコ国境で巡視開始 クルド自治の夢遠のく”. AFP (2019年10月24日). 2019年10月23日閲覧。
  17. ^ トランプ氏、トルコに警告のツイート「一線越えれば経済壊滅」”. CNN (2019年10月9日). 2019年10月21日閲覧。
  18. ^ トランプ氏、トルコ大統領に「タフガイ」や「愚か者」になるなと警告”. ブルームバーグ (2019年10月17日). 2019年10月21日閲覧。
  19. ^ 「バカなまねはよせ」トランプ氏の手紙、捨てられていた”. 朝日新聞 (2019年10月22日). 2019年10月24日閲覧。
  20. ^ 逆上したのはどちら? トランプ氏とペロシ氏の写真、米政治の分断表す”. BBC (2019年10月18日). 2019年10月24日閲覧。
  21. ^ シリアのクルド民兵に武器供与、トランプ米大統領が承認”. CNN (2017年5月10日). 2019年10月24日閲覧。
  22. ^ クルド人を見捨てた アメリカ政権に批判噴出”. 産経新聞 (2019年10月22日). 2019年10月24日閲覧。
  23. ^ 米・トルコ、シリア軍事作戦5日間停止で合意 クルド勢力退避へ”. ロイター (2019年10月17日). 2019年10月21日閲覧。
  24. ^ 米、対トルコ制裁を解除へ 停戦順守を要求”. 日本経済新聞 (2019年10月23日). 2019年10月24日閲覧。
  25. ^ トランプ氏「私はトルコ大統領の大ファン」…協力関係を強調”. 毎日新聞 (2019年11月14日). 2019年11月14日閲覧。

関連項目




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