岩崎三郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/01 21:09 UTC 版)
岩崎 三郎(いわさき さぶろう、1904年10月11日 - 1982年11月10日)は、新潟県出身のクロスカントリースキー選手、実業家。
来歴
早稲田大学在学中、1928年(昭和3年)の第1回全日本学生スキー選手権大会のクロスカントリースキー個人15kmと28kmリレーで優勝。1930年(昭和5年)の第8回全日本スキー選手権大会でも、クロスカントリースキー個人50kmとリレーの2冠を達成した。1932年レークプラシッドオリンピックでは、クロスカントリースキー個人18kmで37位、個人耐久(50km)で18位だった。
引退後は後進の指導に当たる傍ら、ワックスメーカー「テムポ化学」を設立[1]。装備面からも日本のスキー技術の向上につとめた。
また、1956年(昭和31年)から1960年(昭和35年)まで全日本スキー連盟の専務理事、1974年(昭和49年)から1975年(昭和50年)まで副会長を歴任した。
脚注
- ^ “連載4 記録に見る日本のスキー競技史”. 全日本スキー連盟 (2008年8月14日). 2025年2月1日閲覧。
参考資料
外部リンク
- 岩崎三郎 - Olympedia
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