宮方塔、十三塚(三体)他
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/21 06:14 UTC 版)
「佐野原神社」の記事における「宮方塔、十三塚(三体)他」の解説
佐野原神社に保管される記録によれば、祭神である二条為冬の将軍塚のほか、竹之下の合戦で討死にした二条為冬らを祀ったとされる石塚が13存在していたと伝えられ、これらを「十三塚」と総称する。周辺環境の宅地化などにより一部は移転し所在不明となったが、神社境内には五輪塔や宮方塔等とよばれる一連の石塚が現存しているほか、個人の私有地にあることが確認されている。『南朝忠臣碑文集』によれば、1876年(明治9年)に神社境内に祠を建てて為冬を祀り、1882年(明治15年)には伝手を頼って有栖川宮二品親王から扁額を賜った。為冬に従った従者の墓である十数の墓石が神社周辺の田の間に点在していた。
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