宗教等
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/17 06:22 UTC 版)
能勢地方は、東部はキリシタン大名の高山右近の影響もあってキリスト教徒が多かったが、中部と西部は真言宗の寺院が多かった。家康のキリスト教禁止と近い時期に、頼次は能勢一帯の神社仏閣を日蓮宗に改宗させているため、頼次がキリシタンを弾圧したと勘違いされることも多いが頼次の領地は真言宗の寺院が中心であったためこれは正しくはない。頼次は能勢妙見山を篤く信奉していたことから、領民に対する改宗の強要も強引なものだったらしく「能勢のいやいや法華」の言葉が伝わる。東部では隠れキリシタンも多く居たらしく長崎地方をしのぐ数の隠れキリシタンの遺物が発見されているが、中部と西部においてはそのような遺物はみられない。能勢町の清晋寺と大田区の池上本門寺に墓所がある。
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