学校を卒業後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 19:56 UTC 版)
1943年(昭和18年)に、代々木実践高等女学校を卒業。終戦後は旭川に戻って、喫茶店や美容室を経営した。美容師としては美容技術コンクールで、日本全国2位を記録する実力であった。とはいえ、食べていくだけでも大変な終戦直後に「その日の内に現金が入る仕事がいい」と周りから勧められた仕事であり、「望んでやっている仕事ではない」という気持ちが常にあった。 そうした気持ちへの癒やしのためもあり、織物も本業の傍らで、趣味の範囲で続けていた。仕事に余裕が出て来ると、東京から織機を取り寄せ、気ままに織物を続けていた。やがて本業を人に任せ、日々を織物に明け暮れるようにもなった。美容や喫茶店の事業が、親から譲り受けた資産の利用で成功していたこともあり、周囲からは「趣味など忘れて事業に目を向ければいいのに、もったいない」などと言われていた。
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