大森荘蔵の説明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 02:57 UTC 版)
大森荘蔵は、人が過去を思い出すとき「過去の写し」を再現しているのだと考えがちなことに注目する。大森はそのような《写しとしての過去》という理解は錯覚であるという。 そのような過去のモデルでは、まず写される対象としての正しい過去が存在し、それを写した劣化コピーとしての過去が記憶の中に存在するということになる。しかし、過去は「想起という様式」で振り返られる中にのみ存在する、と大森は述べる。思い出されるのは写しとしての過去ではなく、過去そのものである。 過去の記憶が正しかったかどうか考えるとき、想起という様式から離れて記憶の正誤を判定する過去は存在しない。想起同士の比較ができるのみである。 世界五分前仮説などは過去が想起の外に存在するという前提のもとに生まれた、意味のない問題であるという。
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