大伴久米主とは? わかりやすく解説

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大伴久米主

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/21 07:10 UTC 版)

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大伴久米主
時代 平安時代初期
生誕 天平勝宝2年(750年
死没 大同5年4月30日810年6月5日
官位 従四位下民部少輔
主君 桓武天皇平城天皇嵯峨天皇
氏族 大伴氏
父母 父:大伴千里
伴竜男?
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大伴 久米主(おおとも の くめぬし)は、平安時代初期の貴族大和守大伴稲公の孫で、左兵衛督・大伴千里の子とする系図がある。官位従四位下民部少輔勲等は勲七等。

経歴

前半生については記録が残っておらず動静は不明だが、勲七等叙勲を受けていることから、延暦20年(801年)から延暦22年(803年)にかけて行われた征夷大将軍坂上田村麻呂らによる蝦夷征討に従軍したか。延暦23年(804年主税頭、延暦25年(806年民部少輔桓武朝末にかけて京官を歴任する。

平城朝以降、大同3年(808年正五位下、大同5年(810年)従四位下と急速に昇進を果たしている。

大同5年(810年)4月30日卒去享年61。最終位階は従四位下。

官歴

日本後紀』による。

系譜

  • 父:大伴千里[1]
  • 母:不詳
  • 生母不明の子女

脚注

  1. ^ a b 鈴木真年『百家系図』巻59,大伴宿禰

参考文献




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