多聞寺三代住職逆修供養板碑
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「多聞寺 (東久留米市)」の記事における「多聞寺三代住職逆修供養板碑」の解説
多聞寺三代住職逆修供養板碑(たもんじさんだいじゅうしょくぎゃくしゅうくよういたび)は室町時代作。多聞寺の開発(かいほつ。寺伝では中興初代)から三代までの住職の板碑。現存寺院と関係のある板碑は極めて稀で珍しい。 開発亮慶(りょうけい)法印のものは明応7年(1498年)作。高さ101センチメートル、幅27.5センチメートル。 第二住亮真(りょうしん)法印のものは大永5年(1525年)作。高さ112センチメートル、幅27.7センチメートル。 第三住賢栄(けんえい)法印のものは天文20年(1551年)作。高さ131センチメートル、幅35.5センチメートル。 いずれも生前に仏事を修して死後の冥福を祈った逆修板碑である。1981年(昭和56年)に東久留米市の有形文化財(第5号)に指定された。
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