名古屋抗争勃発まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 03:47 UTC 版)
1983年の中京戦争の後、運命共同会(参加団体は、鉄心会、中京浅野会、平井一家)、導友会、稲葉地一家、瀬戸一家、平野一家は、中京五社会を結成した。 平成3年(1991年)、運命共同会の中の鉄心会(的屋系)の一部の組員が、運命共同会に対して、五代目山口組(組長は渡辺芳則)弘道会(会長は司忍)への移籍を求めた。この背景には、当時名古屋の繁華街を抑えつつあった弘道会若頭の高山清司が露天商の元締めだった鉄心会に目を付け、鉄心会の一部も弘道会に取り入ろうとしていたことがあった。運命共同会は、移籍を求めた鉄心会組員全員を破門にした。
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