創設・黎明期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/31 04:28 UTC 版)
「日立製作所本社サッカー部」の記事における「創設・黎明期」の解説
1939年に日立製作所におけるサッカー同好会として活動を開始し、1940年に正式に日立製作所本社サッカー部として創設。日立製作所には、既に茨城県日立市にある日立工場を中心としたサッカー部(通称茨城日立、1923年創設)が存在しており、区別するために「本社」が加えられた。 文献から確認できる最初の公式戦は、第10回関東実業団蹴球大会の1回戦・明治製菓戦(1941年2月2日)で、2-0で勝利した。同大会は決勝で第一生命保険に敗れたものの準優勝の成績を残した。1941年4月16日、関東実業団蹴球リーグの4部に所属することが承認された(他に古河電工(現ジェフユナイテッド千葉)や日本勧業銀行、日本曹達など)。1942年の明治神宮競技大会では準優勝を遂げている。その後、太平洋戦争勃発によりサッカー部の活動は休止を余儀なくされた。
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