創建以後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/11 16:56 UTC 版)
北魏の正光年間(520年-525年)、法定という僧が、霊巌寺を朗公谷寺の遺址に建立したという。その後、北周の廃仏によって断絶するが、隋代になって、583年(開皇3年)に復興された。文帝が595年(開皇15年)に泰山に巡幸した際、曇遷の建言によって、寺地が拡充された。『続高僧伝』巻18曇遷伝では、宝山道場と寺名を記す(煬帝に寺を道場と改めたため)が、当時から霊巌寺の名で知られていたようである。
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