児玉 幸治 (こだま ゆきはる、1934年 〈昭和 9年〉5月9日 - 2025年 〈令和 7年〉4月26日 )は、日本 の通産 官僚 。通商産業事務次官 、商工組合中央金庫 理事長等を歴任した。父の児玉秀一は元広島県議会 議長、長男の児玉哲哉はバークレイズ証券 会長。経済産業省大臣官房 審議官 や近畿経済産業局 長を務めた関総一郎は娘婿。2014年(平成26年)春の叙勲で、瑞宝重光章 受章[ 1] [ 2] 。
略歴
1953年(昭和28年)3月:広島大学附属高等学校 卒業
1957年(昭和32年)3月:東京大学 法学部 卒業
1957年(昭和32年)4月:通商産業省 入省
通商産業省 産業政策局企業行動課長
通商産業省基礎産業局基礎化学品課長
通商産業省機械情報産業局次長
日米半導体交渉 において、日本市場における米国製半導体 のシェアを20%とする覚書 を交わす。
通商産業大臣官房総務審議官
1985年(昭和60年)6月:通商産業大臣官房長
1986年(昭和61年)6月:通商産業省機械情報産業局長
1988年(昭和63年)6月:通商産業省産業政策局長
1989年(平成元年)6月:通商産業事務次官
1991年(平成3年)6月:退官
1991年(平成3年)6月:通商産業省顧問
1991年(平成3年)6月:財団法人産業研究所顧問
1991年(平成3年)6月:財団法人国際経済交流財団 顧問
1992年(平成4年)2月:株式会社日本興業銀行 顧問
1993年(平成5年)6月:商工組合中央金庫 理事長
2001年(平成13年)6月:株式会社商船三井 取締役
2001年(平成13年)7月:財団法人日本情報処理開発協会 会長
2005年(平成17年)6月:HOYA 株式会社取締役
2007年(平成19年)4月:株式会社東京ドーム 監査役
2007年(平成19年)6月:旭化成 株式会社社外取締役
2007年(平成19年)11月:財団法人機械システム振興協会会長
2025年(令和7年)4月26日:肺炎のため死去した[ 3] [ 4] 。90歳没。死没日付をもって正四位 に叙された[ 5] 。
旧通産省同期入省者には、村岡茂生(通産審議官)、濱岡平一(資源エネルギー庁長官)、矢橋(山本)有彦(科技庁官房長)、岩崎八男 (中小企業庁長官)、宮田満(エネ研 顧問、評論家)、村田文男(大阪商品取引所 理事長)、前田典彦(国際商事仲裁協会理事長)、上杉一雄(日野自動車 専務)、宮野素行(四国通産局長、余暇開発センター 理事長)、内田禎夫(通産省大臣官房審議官、中小企業事業団副理事長、アラ石 参与)、本郷英一(科技庁振興局長)など。
その他役職
財団法人旭硝子財団理事
財団法人国際科学振興財団理事
財団法人社会経済生産性本部理事
財団法人日本貿易関係手続簡易化協会理事
財団法人商工総合研究所理事長
財団法人日本立地センター理事
財団法人コンピュータ教育開発センター副理事長
財団法人企業活力研究所会長
財団法人日本音楽財団理事
社団法人先端技術産業戦略推進機構副会長
社団法人ニュービジネス協議会特別顧問
社団法人日本中小企業団体連盟顧問
日本商工会議所 特別顧問
特定非営利活動法人NPO情報セキュリティ フォーラム理事
次世代電子商取引推進協議会顧問
日本流通情報学会特別顧問
繊維産業流通構造改革推進協議会顧問
特定非営利活動法人キャリア・ワールド理事
全日本大学開放推進機構顧問
関連項目
注釈
外部リンク
先代
杉山弘
通商産業省機械情報産業局長
1986年 - 1988年
次代
棚橋祐治
先代
杉山弘
通商産業省産業政策局長
1988年 - 1989年
次代
棚橋祐治
先代
杉山弘
通商産業事務次官
1989年 - 1991年
次代
棚橋祐治
先代
宮本四郎
商工組合中央金庫理事長
1993年 - 2008年
次代
江崎格