作者論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 09:08 UTC 版)
韻文による物語集の方はペロー本人の手によるものであるが、散文の方が作者は誰なのかという議論を呼んでいる。発行当初は著者名がなく、第二版が出たときには「姫君へ」という献辞に息子のイニシャルが書かれており、ペロー自身の名前はない。しかしながら、ペローの手が入ったことは間違いないといわれている。 アカデミーの一員として名をなした彼が、子どもの物語に関わるのは恥ずかしいということで、息子の名を使ったのではないか、という説と、そもそも物語集を出すのは息子のアイデアであったという説がある。
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