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佐藤次彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/31 01:48 UTC 版)

佐藤 次彦(さとう つぎひこ、1925年7月29日[1] - 2001年)は、日本の機械工学者大阪工業大学第7代学長・名誉教授。工学博士(大阪大学)。溶接学会抵抗溶接研究委員会(現:軽構造接合加工研究委員会)初代委員長[2]

専門は、熱工学溶接工学接合工学金属工学溶接/接合システム工学

略歴

福岡県出身[1]大阪大学大学院工学研究科にて工学博士[3]。1957年大阪工業大学工学部機械工学科に着任、機械工学教室を担当。助教授、教授などを経て、1983年同大学学長。1995年大阪工業大学名誉教授

大阪工業大学工学部機械工学科にて35年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に初期の溶接工学・溶接/接合システム工学の研究育成に貢献した。ドイツの溶接研究・研修機関である国際溶接技術協会(GSI-SLV)へ視察を行う[4]など抵抗溶接関連の教育を推進した。2001年逝去。日本航空123便墜落事故 で娘を失った遺族の一人[5]

主な所属学会は、溶接学会日本溶接協会など。主な受賞は、溶接学術振興賞(1992)、日本溶接協会業績賞(1993)。

主な研究

出典




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