伊勢神郡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/22 18:42 UTC 版)
本節では、伊勢神郡すなわち伊勢神宮の神郡について解説する。 伊勢国には13郡が存在したが、そのうち次の8郡が伊勢神宮領の神郡と定められて「神八郡」と称された。 度会郡 - 神三郡(道後三郡) 多気郡 - 神三郡(道後三郡) 飯野郡 - 神三郡(道後三郡) 飯高郡 安濃郡 三重郡 - 道前三郡 朝明郡 - 道前三郡 員弁郡 - 道前三郡 神郡成立時には、前述の通り度会郡・多気郡の2郡が神郡に定められている。弘仁八年(817年)には改めて度会郡・多気郡が神宮に寄進されて国衙の影響を排し、さらに寛平年間(889年-898年)に飯野郡、天慶3年(940年)に員弁郡、応和2年(962年)に三重郡、天延元年(972年)頃に安濃郡、寛仁元年(1017年)に朝明郡、文治元年(1185年)に飯高郡が順次寄進された。このうち神宮の支配の強い度会郡・多気郡・飯野郡の3郡は「神三郡」または「道後三郡」と称され、北伊勢の員弁郡・三重郡・朝明郡の3郡は「道前三郡」と称された。 中世に入ってからはこれらの神郡に対する神宮の支配力が低下し、南北朝時代から室町時代頃には実質的支配は神三郡に限定されるようになり、さらにこれらの3郡でも伊勢北畠氏の台頭とともに神宮の支配は形骸化していった。
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