久恒啓一とは?

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久恒啓一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/30 06:03 UTC 版)

久恒 啓一(ひさつね けいいち、1950年1月3日- )は、多摩大学副学長。研究開発機構長・多摩大学総合研究所長を兼務。宮城大学名誉教授。NPO法人知的生産の技術研究会理事長。日本未来学会理事。大いなる多摩学会副会長。




  1. ^ 河北新報2004年4月13日「1970年、九州大二年の時に大学の探検部に入りました。前年は学生運動が激しく、五月に全学ストライキに突入してからずっと授業がない。価値観が崩れて何が正しいのかわからない中で、自分には「行動すること」が欠けている、と考えた上での選択でした。初めにやったのは食料係です。合宿の際、このチームなら一人当たりのコメは一・四合ぐらいでいいかなとか見積もる。そんな細かいことを実体験で覚えていくと、こなせる領域が広がり、装備などについても発言できるようになりました。三年になってキャプテンに選ばれました。山や島でどう安全を確保するか、リーダーシップはどうあるべきかといった点で、非常に多くのことを学びましたね。思い出深いのは返還前の沖縄・八重山群島に遠征し、民俗調査をしたことです」
  2. ^ 「立志人物論」(久恒 啓一 教授)平成30年秋学期第6講”. 多摩大学大学院. 2019年3月5日閲覧。
  3. ^ シラバス検索>検索結果 開講期/Semester:2018年度 教員氏名/Instructor:久恒 ”. 多摩大学. 2019年3月5日閲覧。
  4. ^ 「日本航空に就職し、大学教員として宮城大に移ってからも、僕は「社会派の探検」をしてきたと思っています。それは、新たな経験を積んで自分を育てるということ。削岩機で足元を掘りまくるような感じで、キャリア開発や地域活性化の問題に、新しい視点から取り組んできました。物事の関係を図でとらえる「図解コミュニケーション」も、そうした探検の成果です。自身の足元を一生懸命掘って生きるのは面白い。それを学生たちに伝えたいと、いつも考えています。」(河北新報2004年4月13日)
  5. ^ 図書の寄贈”. 中津市立図書館. 2019年3月5日閲覧。
  6. ^ 母校・中津北高などに著書贈る”. 久恒啓一図解Web. 2019年3月5日閲覧。


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