中世城郭の登り石垣
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/21 05:59 UTC 版)
上記の城の時代より遡る中世城郭にも、登り石垣状の遺構が存在した。 熊城 山梨県甲府市。戦国大名武田氏の本拠である躑躅ヶ崎館の背後にある要害山城の東側をガードするように築かれた城であるが、登り石垣状の遺構が存在する。 尼巌城 長野県長野市。川中島の戦いに関連する山城とされるが、主郭から南東の尾根の竪堀に付随して登り石垣状の遺構がある。なお、破却によって崩され竪堀内に残石が投棄された状態になっている。 祢津城 長野県東御市。地元の祢津氏代々の居城である山城。山麓部を囲い込むように長大な二重竪堀が設けられ、その内側に登り石垣状の遺構がある。
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