中世から江戸時代まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/18 21:58 UTC 版)
中世には島津家の傍流である伊集院氏の領地となり、現在の日置市伊集院町大田にある一宇治城を拠点としていた。伊集院頼久の乱に端を発する領地の島津氏との係争による伊集院氏の没落後は島津氏の直轄地となった。ただし、一時期を除いて石谷村(現在の鹿児島市石谷町)は町田氏の私領となっていた。 江戸時代になると薩摩藩の統治制度である外城制による伊集院郷として継承され、日置郡に属し、薩摩藩直轄領となったが一部が私領となっていた。 明治時代初期には中川村、郡村、徳重村、竹之山村、大田村、清藤村、下谷口村、上谷口村、飯牟礼村、恋之原村、古城村、猪鹿倉村、土橋村、麦生田村、下神殿村、上神殿村、桑畑村、野田村、寺脇村、入佐村、直木村、春山村、福山村、石谷村、有屋田村、嶽村、宮田村、神之川村、苗代川村の29村と野町から構成されていた。
※この「中世から江戸時代まで」の解説は、「伊集院」の解説の一部です。
「中世から江戸時代まで」を含む「伊集院」の記事については、「伊集院」の概要を参照ください。
- 中世から江戸時代までのページへのリンク