万物一体の仁説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/21 02:07 UTC 版)
程明道の解釈では、仁を「万物(万民)一体」と解釈する。明道は天地万物一体を強調する儒者であり、「万物一体の仁」の説を次のような過程で展開していく。医書では手足の麻痺した症状を「不仁」と呼び、自己の心に対して何らの作用も及ぼしえなくなってしまっているためと解し、これを生の連帯の断絶とそれに対して無自覚であることを意味するとし、生意を回復せしめることが仁であるとした。つまり、「万物一体の仁」の一つの説は「知覚説」であり、痛痒の知覚をもつことを仁としているわけである。もう一つの説は、義・礼・智・信が、皆、仁であるとする立場であり、ここからは仁を「体」とし、五常を「用(作用)」と見なしていたことがわかる(明道にとって、仁は生である)。
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