レピドゥス失脚
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 16:53 UTC 版)
シキリアを占拠したオクタウィアヌスとレピドゥスは、ポンペイウス派の残存勢力を一掃した。レピドゥスはオクタウィアヌスを放逐し、シキリアを独占するつもりでいたが、ここでレピドゥスの部下がオクタウィアヌスに買収されて寝返った。孤立したレピドゥスはオクタウィアヌスに降伏、終身職たる最高神祇官職の保持は許されたが、これにより三頭政治の一角が失脚した。 オクタウィアヌスはローマ人の権利を確約、今度は退役兵をイタリア半島外へと入植させ、ポンペイウスの軍に参加した持ち主が帰参した後もそのままポンペイウスのもとに留まっていた奴隷を元の持ち主に返還させた。こうして共和政ローマは東のアントニウス、西のオクタウィアヌスと2分され、カエサル暗殺時に18歳だった無名の青年はローマの半分を支配する人物となっていた。
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