レコンキスタの進行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/28 02:39 UTC 版)
「アフォンソ1世 (ポルトガル王)」の記事における「レコンキスタの進行」の解説
1147年3月、イスラム勢力からサンタレンを奪回したことでアフォンソの名声はより高まる。同年5月にイギリス方面から第2回十字軍に参加するため出航していた分派がポルトガルに寄港した時、アフォンソは彼らと協定を結んだ。ポルトガル軍と十字軍の分派は17週間にわたってイスラム勢力の支配下にあるリスボンを包囲し、同年10月25日にリスボンを占領する(リスボン攻防戦)。リスボン攻略後も十字軍の艦隊はしばしばポルトガルを訪れ、レコンキスタに協力した。 リスボン攻略後、イスラム勢力に対抗する防衛拠点を強化するためにテージョ川流域への植民を試み、シトー会にリスボンとレリアの間の無人地帯への植民を委任した。しかし、テージョ川流域の殖民は進まず、人口の不足を補うためにテンプル騎士団に防衛を依頼した。テンプル騎士団のほかに聖ヨハネ騎士団、カラトラバ騎士団、サンティアゴ騎士団がポルトガルに入り、アレンテージョ地方のレコンキスタが進展する。
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