ベロ毒素に関わる歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/19 02:56 UTC 版)
1977年 Konowalchuk らが、ある種の大腸菌がベロ細胞に対して毒性の高い実態が不明の毒素を産生していることを報告。始めて Vero cell cytotoxin(VT)と命名。 1983年 O'Brien らは、VT が志賀赤痢菌の産生する志賀毒素と免疫学的に共通性があることを報告し、志賀毒素様毒素(Shiga-like toxin, SLT)と呼んだ。同時期に Scotlandらは、VT遺伝子がバクテリオファージによって水平伝達されることを示唆した。 1985年 Scotlandら は,VTには志賀赤痢菌の産生する志賀毒素に対する抗体によって中和されないものもあることを示した。志賀毒素と免疫学的に同一なものをVT1、免疫学的に異なるものをVT2と呼んだ。 1997年 米国のボルチモアで行われた3rd International Symposium and Workshop on Shiga toxin (Verocytotoxin)-Producing Escherichia coli Infections (VTEC '97)において志賀赤痢菌の産生する毒素を志賀毒素(Stx)、EHEC の産生する毒素を志賀毒素1(Stx1)と志賀毒素2(Stx2)とすることが提唱され、名称を統一化。
※この「ベロ毒素に関わる歴史」の解説は、「ベロ毒素」の解説の一部です。
「ベロ毒素に関わる歴史」を含む「ベロ毒素」の記事については、「ベロ毒素」の概要を参照ください。
- ベロ毒素に関わる歴史のページへのリンク