フォーレル水
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/18 09:14 UTC 版)
フォーレル水[1](Fowler's solution)は亜ヒ酸カリウム(KAsO2)を1%含む溶液である。考案当初の1700年代の終わりにマラリアと梅毒の治療薬として利用され、その後はレメディや強壮剤として処方された[2][3]。イギリス・スタッフォードのトーマス・ファウラー(フォーレル)(1736年-1801年)により、1786年に特許薬の代替品、「苦くない解熱薬」として提案された。1865年からは白血病の治療に用いられていた[3][4]。
日本では、ファウラー溶液[5]、ファウラー氏液[6][7]、ファウラー液[8]やホーレル水[9]という名称の利用例もある。
1905年からはアフリカ睡眠病の治療薬となったアトキシル(アルサニル酸)のような、有機ヒ素への関心が高まったため、フォーレル水のような無機ヒ素は使われなくなっていった[10]。
ヒ素化合物は、肝硬変、特発性門脈圧亢進症、膀胱がん、皮膚がんのような副作用を伴うなど、特に有害であり発がん性がある。そのため、フォーレル水の利用率は減っていった。(しかしながら、2001年には、アメリカ食品医薬品局が急性前骨髄球性白血病の治療のため、三酸化二ヒ素を医薬品として承認した[11]ように、砒素への関心が高まりつつある[12]。)
フォーレル水はヒ素の毒性から殺人事件でも用いられた。横浜の外国人居留地では、1896年に英国人商人が妻に毒殺された事件で利用された[13][14][注釈 1]。この事件は徳岡孝夫によるノンフィクション小説『横浜・山手の出来事』という作品の題材となった。この作品により日本推理作家協会賞を受賞した。
脚注
注釈
- ^ 領事裁判権により、駐日英国領事のアーネスト・サトウが裁くことになった。弁護士にジョン・F・ラウダーがついた。サトウは裁判長として、妻に死刑判決を出した。その後、サトウは領事として、英照皇太后崩御に伴う大赦が出たことを口実に妻を減刑した。
出典
- ^ 寺尾祐一、濱田稔夫「フォーレル水摂取により発生した慢性砒素中毒症の1例」『臨床皮膚科』第41巻第1号、医学書院、1987年1月1日、47-51頁、doi:10.11477/mf.1412203592。
- ^ Ho, Derek; Lowenstein, Eve J. (2016). “Fowler's Solution and the Evolution of the Use of Arsenic in Modern Medicine”. Skinmed 14 (4): 287–289. ISSN 1540-9740. PMID 27784519 .
- ^ a b Jolliffe, D. M. (1993). “A history of the use of arsenicals in man”. Journal of the Royal Society of Medicine 86 (5): 287–289. doi:10.1177/014107689308600515. PMC 1294007. PMID 8505753 .
- ^ Doyle, Derek (2009). “Notoriety to respectability: a short history of arsenic prior to its present day use in haematology”. British Journal of Haematology 145 (3): 309–317. doi:10.1111/j.1365-2141.2009.07623.x. PMID 19298591.
- ^ 高橋洋一(日の出薬局). “くすりの安全 多職種連携について”. 横浜市. 2025年5月18日閲覧。
- ^ 中島公子「「テレーズ・デスケルー」解説(1)」『明治大学教養論集』第536巻、明治大学教養論集刊行会、2018年12月31日、263–276頁、 CRID 1050294584547160448。
- ^ 加藤宏幸「モーリヤックの『テレーズ・デスケルー』に見られる小説技法」『Artes liberales』第67巻、岩手大学人文社会科学部、2000年12月26日、117–129頁、 CRID 1390853649595071360。
- ^ 鈴木忠「中毒学総説 : 閑談 急性中毒治療の現場より(その1)A. 中毒の基本的概念 B. 歴史にみる中毒のエピソード」『東京女子医科大学雑誌』第74巻第9-10号、東京女子医科大学学会、2004年10月、517-524頁、 CRID 1520853832315255680。
- ^ 淸水春雄「先天梅毒性瀰漫性角膜実質炎に対するホーレル水注射療法」『十全醫學會雜誌』第55巻第6号、金澤醫科大學十全醫學會、1953年8月20日、741–770頁、 CRID 1050001202730102144。
- ^ Gibaud, Stéphane; Jaouen, Gérard (2010). Arsenic - based drugs: from Fowler's solution to modern anticancer chemotherapy. Topics in Organometallic Chemistry. 32. pp. 1–20. Bibcode: 2010moc..book....1G. doi:10.1007/978-3-642-13185-1_1. ISBN 978-3-642-13184-4
- ^ Zhu, J.; Chen, Z.; Lallemand-Breitenbach, V.; de Thé, H. (2002). “How acute promyelocytic leukaemia revived arsenic”. Nature Reviews Cancer 2 (9): 705–714. doi:10.1038/nrc887. PMID 12209159.
- ^ Chen, S. J.; Zhou, G. B.; Zhang, X. W.; Mao, J. H.; de Thé, H.; Chen, Z. (2011). “From an old remedy to a magic bullet: Molecular mechanisms underlying the therapeutic effects of arsenic in fighting leukemia”. Blood 117 (24): 6425–6437. doi:10.1182/blood-2010-11-283598. PMC 3123014. PMID 21422471 .
- ^ “特集 カリュー氏毒殺事件 ~山手外国人居留地版2時間ミステリー~”. 横浜歴史さろん (2020年5月7日). 2025年5月18日閲覧。
- ^ “COURT ANNOUNCES MRS. CAREW FREED”. Los Angeles Herald 33 (51). (1910年11月21日)
外部リンク
- Fowler's solution - MeSH・アメリカ国立医学図書館・生命科学用語シソーラス
- フォーレル水のページへのリンク