ビルマの毛深い家族
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 15:19 UTC 版)
先天性毳毛性多毛症に関する歴史上の記録のひとつはビルマの毛深い家族(the hairy family of Burma)という4世代にわたる多毛症の家系である。1826年、ジョン・クローファード(英語版)はインド総督の使節団を率いてビルマに赴いた。クローファードはアヴァ王の宮殿に住むシュマング・シュマングという名の毛むくじゃらの芸人と出会った。シュマングには4人の子がおり、その内の3人は正常だったが、マフーンという1人の子供は先天性多毛症を患っていた。アヴァ王朝への2回目の派遣の際にはマフーンは2人の息子をもつ30歳の女性として描写され、息子の内1人は多毛症を患っていた。多毛症の息子はマン・フォセという名だったが、彼のマー・ミーという娘も多毛症の罹患者だった。一族の内、多毛症の罹患者は全員が歯の疾患を持っていたが、その他の家族は皆、完璧な歯をしていた。
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