ノモンハン事件における第23師団捜索隊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/29 14:31 UTC 版)
「捜索連隊」の記事における「ノモンハン事件における第23師団捜索隊」の解説
1939年に発生したノモンハン事件では、編成されたばかりの第23師団捜索隊が投入された。第一次ノモンハン事件ではソ連軍の退路を遮断する任務を担い、機動力を生かして背後に迂回することには成功した。しかし、そのまま孤立して包囲されてしまい、捜索隊長の東中佐以下全滅してしまった。 再建後、第二次ノモンハン事件にも出動した。師団主力から離れ日本軍最右翼のフイ高地の守備配置についたが、周辺の満州国軍騎兵が敗走したため孤立してしまった。包囲されながらも奮戦し、ソ連側指揮官が交代させられるほどだったが、最終的に弾薬や食糧が尽きて退却することになった。捜索隊長の井置中佐は無断退却の責任を問われ自決した。
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