ヌーヴェル・アングレーム
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「ニューヨーク市の歴史」の記事における「ヌーヴェル・アングレーム」の解説
1524年4月17日、時のフランス王フランソワ1世の依頼で北米探索を行ったイタリア人ジョバンニ・ダ・ヴェラッツァーノが現在のニューヨーク港に来航。ヴェラッツァーノはこの土地をフランス国王の名誉に則りヌーヴェル・アングレーム(ヌーヴェルは「新しい」、アングレームはフランスの都市名)と名付けた。ヴェラッツァーノは本来、現在のニューヨーク市港への寄港を目指したが、現在彼の名が付けられているヴェラザノ・ナローズ・ブリッジのあたりまでしか行けず大西洋に引き返している。その場所で碇を下ろし、カヌーに乗ったレナペ族インディアンと出会っている。 その後、イギリス人の探検家でオランダ東インド会社に雇われていたヘンリー・ハドソンが初めて地図に同地域を記載している。1609年9月11日、ハドソンはマンハッタン島を「発見」、そのまま河の上流に向かい現在のアルバニー市までたどり着いた。現在、その河は彼の名を取ってハドソン川となった。ハドソンの本来の目的は北米大陸の北を周る北西航路の開拓でありそれは達成されなかったが、彼の報告は会社に莫大な利益をもたらすこととなった。
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