ニューヨーク・アイランダース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/03 04:42 UTC 版)
「ピエール・タージョン」の記事における「ニューヨーク・アイランダース」の解説
アイランダースでも移籍直後から活躍し、1991-1992シーズンには69試合で38ゴール、49アシストを記録。 翌1992-1993シーズン、タージョンはキャリアハイとなる58ゴール、74アシストを記録。チームをプレーオフカンファレンスチャンピオンシップ決勝に導く原動力となった。 プレーオフファーストラウンド、ワシントン・キャピタルズとの第6戦は、ある事件で有名である。 ナッソー・コロシアムで行われた第6戦、シリーズを決定づけるゴールを決めたタージョンは、リンクの上で喜びを爆発させた。しかし、それを見たキャピタルズのデール・ハンターに背後からボディーチェック(体当たりのこと。原則としてパックを持っていない選手にはしてはいけない)を受け、肩を負傷した。この負傷がもとでタージョンは次のピッツバーグ・ペンギンズとのシリーズを欠場、ハンターもNHL記録となる21試合の出場停止処分を受けた。 ペンギンズはスタンレー・カップを2連覇し、3連覇を狙う強豪であったが、アイランダースはこれを撃破。モントリオール・カナディアンズとのカンファレンス・チャンピオンシップに駒を進めた。 カナディアンス戦でタージョンは復帰したものの、5試合の激戦(2試合は延長線までもつれ込んだ)の末、アイランダースは敗退。アイランダースを撃破したカナディアンズはその後、スタンレー・カップを手にした。 1994-1995シーズン途中、チーム再建の一環として、タージョンはウラジミール・マラーホフとともに、カーク・ミュラー、マチュー・ダンデノ、クレイグ・ダービーとのトレードで、プレーオフで敗れたモントリオール・カナディアンズに移籍した。
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