ティグナー報告書に対する批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 13:25 UTC 版)
「オキナワ移住地」の記事における「ティグナー報告書に対する批判」の解説
オキナワ移住地への入植に大きな影響を与えたティグナーの報告書は、学者の書いたものとは思えないほど、客観性を欠き、事実を隠蔽し、移民を扇動する内容であるという指摘がなされている。これはオキナワ移住地に関する後年のティグナーの論文にも見える傾向であり、例えば1962年のティグナーの論文では「コロニア・オキナワには病気がほとんど見られない。コロニア在住の沖縄出身者は、在沖縄県民や日本人よりもはるかに良い食事をしていた」と書いている。また、うるま病に関する記述は数行であり死亡者の記述は無く、うるま移住地を放棄してパロメティーヤへの移転は全く記述がない。 ティグナーはオキナワ移住地の入植50周年式典に招待されたが、欠席している。欠席にあたり実行委員に手紙を送っている。その手紙でティグナーは稲嶺一郎など琉球政府と徹底的に議論したことにふれ、「移民たちは島を去ることを強要されたのではなく、自分たちの意思で移住することを決めたのです」と主張していた。ティグナーが自らに対して批判的な意見があることを意識しているのは明らかであった。
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