ダンティーンMotoGP ( 1999 - 2004 )
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ダンティーンMotoGPチームは、1999年にスペインの元GPレーサー、ルイス・ダンティーンにより設立された。チームはスペインの2人のライダー、フォンシ・ニエトとダビド・ガルシアを擁してヤマハのマシンで250ccクラスに参戦を開始した。 2000年には500ccクラスにステップアップし、ライダーの阿部典史は鈴鹿で勝利をおさめた。2001年にはセカンドライダーとしてホセ・ルイス・カルドソが加入した。この年のチームのベストリザルトは阿部の2位表彰台だった。 2002年に500ccクラスはMotoGPクラスに変わったが、チームは昨年度と同じライダー・同じ2ストロークマシンのYZR500で戦い続けた。パワフルな990cc4ストローク勢には歯が立たず、ベストリザルトは阿部の4位2回に終わった。 2003年にようやく4ストロークマシンのYZR-M1を手に入れ、中野真矢の1台体制でシーズンを戦った。 2004年にはマシンをドゥカティにスイッチし、前年型のデスモセディチ GP3でシーズンを戦うことになった。2003年のスーパーバイク世界選手権チャンピオン、ニール・ホジソンと同シリーズ2位のルーベン・チャウスのペアを擁したが、シーズン中盤にチームは資金難に陥り、テストプログラムを満足に消化できなくなった。ベストリザルトはチャウスの3位だった。
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