ダラ・トーレスとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ダラ・トーレスの意味・解説 

ダラ・トーレス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/06 23:50 UTC 版)

獲得メダル

ダラ・トーレス
競泳
アメリカ合衆国
オリンピック
1984 女子 4×100mフリーリレー
1992 女子 4×100mフリーリレー
2000 女子 4×100mフリーリレー
2000 女子 4×100mメドレーリレー
1988 女子 4×100mメドレーリレー
2008 女子 50m自由形
2008 女子 4×100mフリーリレー
2008 女子 4×100mメドレーリレー
1988 女子 4×100mフリーリレー
2000 女子 50m自由形
2000 女子 100m自由形
2000 女子 100mバタフライ

ダラ・グレース・トーレスDara Grace Torres1967年4月15日 - )は、アメリカカリフォルニア州出身の女子競泳選手。専門は短距離の自由形バタフライ。身長180センチ、体重68キロ。

1984年ロサンゼルスオリンピック、1988年ソウルオリンピック、1992年のバルセロナオリンピックのリレー種目で金メダルを獲得。1992年に現役を引退しモデルやキャスターなどの活動を始めた[1]。1994年にはスポーツイラストレイテッドでスーパーモデルと一緒に水着特集に登場した[2]

1999年シドニーオリンピックの出場を目指して7年ぶりに現役復帰をし、33歳で4度目の五輪に出場、金メダル2個と銅メダル3個を獲得する。その後再び現役を引退し、2006年に長女を出産した[1][2]。主に現役を退いた選手が出場するマスターズに出場したがそこで現役トップクラスのタイムをマークしたことから、2007年に40歳で現役復帰。全米選手権の100m自由形と50m自由形に優勝し、衝撃の復活を果たす[1]。2008年北京オリンピックの代表選考会でも100m自由形と50m自由形に優勝し、41歳で米国競泳初の5度目の代表となった[3]

北京五輪では100m自由形の出場を辞退し、個人種目は50m自由形に専念した。24秒07の米国新を出したが金メダルのブリッタ・シュテフェンに0.01秒及ばず銀メダルを獲得した。リレー2種目と合わせて3個の銀メダルを獲得し、通算のメダル数が12個となり、ジェニー・トンプソンと並んで米国競泳女子最多になった[2]

2009年に自伝『Age is Just a Number』を出した[2]

脚注

  1. ^ a b c 40歳でも米国記録樹立 競泳自由形のトーレス”. 共同通信社 (2008年4月11日). 2012年6月3日閲覧。
  2. ^ a b c d Dara Torres (ダラ・トーレス)”. SPEEDO. 2012年6月3日閲覧。
  3. ^ 伊勢多恵美 (2008年). “ダラ・トーレス選手”. 2012年6月3日閲覧。[リンク切れ]

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ダラ・トーレス」の関連用語

ダラ・トーレスのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ダラ・トーレスのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのダラ・トーレス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS