ジャマイカ書簡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/05 06:59 UTC 版)
ジャマイカに逃れたボリバルは、南アメリカ諸国 をイギリスの立憲君主制のような政治システムで自由を勝ち取る構想を元に、ジャマイカ書簡と呼ばれる著作を執筆した。この書簡を使ってイギリスの援助を求めたが、イギリスはこれを黙殺した。 1815年にボリバルはイスパニョーラ島に渡り、南西部のハイチ共和国を支配していたアレクサンドル・ペションに軍事的援助を求めた。解放戦争終了後、黒人奴隷を解放することを条件にペションはこれを認め、物心共に援助を与えた。
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