サロ45形の二等車(サハ45形)化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/04 05:04 UTC 版)
「国鉄32系電車」の記事における「サロ45形の二等車(サハ45形)化」の解説
サロ45形は、本系列では最も遅くまで横須賀線で使用されたが、並ロ相当の旧形一等車の格下げが決定されたことにより、1964年8月および1965年3月に5両(45004, 45005, 45007, 45008, 45012)全車を二等車のサハ45形に改称(番号は不変)した。この際に車内設備の変更は行なわれず、一等車時のままであり、定員は102名(うち座席64名)となった。本形式は、格下げと同時に静岡鉄道管理局の身延線と飯田線に転用されたが、飯田線からは間もなく転出し、後に一部は大糸線に移り、いわゆる旧形国電の最末期の1981年まで使用された。
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