グレムリン・タスクフォース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/22 09:10 UTC 版)
「マスタードム作戦」の記事における「グレムリン・タスクフォース」の解説
サイゴンは航空戦略上の重要拠点とも見做されていたが、インドシナに展開した連合国軍では航空機も燃料も不足していた。こうした中で、タンソンニャット飛行場に残されていた日本軍作戦機と燃料(連合国軍作戦機での使用には適さなかった)、そしてこれらをかつて運用していた日本軍の飛行士や整備員らに注目が集まった。英空軍インドシナ方面司令官ウォルター・チェシャー(英語版)将軍は、日本兵と日本軍作戦機による航空隊の創設を決定。部隊名はグレムリン・タスクフォース(Gremlin Task Force)とされ、指揮官H・F・マクナブ少佐(H. F. McNabb)のほか、将校や通信技術者など少数の英軍人も参加した。作戦機の国籍を示す日の丸は、イギリス空軍の「蛇の目」で塗り潰された。グレムリン・タスクフォースはもっぱらインドシナ地域内での短距離空輸に従事していたが、稀にシャム方面やシンガポール方面への長距離飛行を行うこともあった。
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