オリンピアレコルトPI(1957年7月-1960年7月)
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「オペル・レコルト」の記事における「オリンピアレコルトPI(1957年7月-1960年7月)」の解説
車体が大型化され、前後窓が当時のアメリカ車の流行に沿ったラップアラウンドウインドウとなった。"Olymat"と呼ばれた自動クラッチも1960年モデルから装備可能となった。ギアボックスがフルシンクロされたのも欧州車では最も早かった。 1958-1959年型:1488cc45馬力は従来通り。2ドアのベーシックモデル「オリンピア」と、上級の「オリンピア・レコルト」とワゴンの「キャラバン」「デリバリーバン」があった。社外コーチビルダー製のコンバーチブルも少数生産され、レコルトCの時代まで存続した。当時のドイツでの販売価格は5,785-6,845マルク(カブリオレは1万マルク以上)した。 1959年型: 1680cc55馬力エンジンが選択可能となり、4ドア版も追加された。ダッシュボードにクラッシュパッドが設けられるなどの小改良を受ける。当時のドイツでの販売価格は6,545-7,110マルク。ベーシックな「オリンピア」は「オペル・1200」(1196cc40馬力)と改名され、レコルトがPIIに発展した後の1962年まで継続生産された。PIレコルトは307,000台、他に1200が67952台生産された。
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