エスタディオ・ハリスコ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/17 13:49 UTC 版)
エスタディオ・ハリスコ Estadio Jalisco |
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施設情報 | |
所在地 | メキシコ ハリスコ州グアダラハラ |
位置 | 北緯20度40分00.17秒 西経103度21分01.23秒 / 北緯20.6667139度 西経103.3503417度 |
起工 | 1952年12月 |
開場 | 1960年1月31日 |
所有者 | Clubes Unidos de Jalisco A.C |
ピッチサイズ | 105 x 70 m |
建設費 | 3400万ペソ |
設計者 | ハイメ・デ・オベソ ハビエル・バリェーホ |
使用チーム、大会 | |
CFアトラス CDグアダラハラ |
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収容人員 | |
56,713[1] |
エスタディオ・ハリスコ(西: Estadio Jalisco)は、メキシコのハリスコ州グアダラハラにある球技場。1970 FIFAワールドカップ開催のために建設された。
メキシコ国内ではエスタディオ・アステカ、エスタディオ・オリンピコ・ウニベルシタリオに次ぎ3番目の規模を持つ。
脚注
エスタディオ・ハリスコ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 03:35 UTC 版)
「CDグアダラハラ」の記事における「エスタディオ・ハリスコ」の解説
1930年代から1960年まで、チーバスはパルケ・オブラートスと呼ばれる小規模なスタジアムでホームゲームを行なっていた。1960年1月31日にはエスタディオ・ハリスコがオープンし、同じ町のライバルであるCFアトラスとハリスコを共用した。メキシコで1970 FIFAワールドカップが開催された際には、グループリーグの6試合、準々決勝と準決勝の1試合ずつの計8試合がハリスコで行なわれた。メキシコで1986 FIFAワールドカップが開催された際には、グループリーグの6試合、決勝トーナメント1回戦の1試合、準々決勝と準決勝の1試合ずつの計9試合がハリスコで行なわれた。 ハリスコはチーバスやCFアトラスの他に、グアダラハラ大学、クルブ・オロ、その他のスポーツチームにも使用されていた。設備の老朽化が進み、チーバスが自前のスタジアム所有を熱望したことから、経営陣は1億3000万ドルを投じた新スタジアムの建設を決定した。チーバスは1960年から2010年までハリスコを使用した。
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