「ロイス」の家名
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/07 04:22 UTC 版)
ロイス(Reuß)の家名はルテヌス(Ruthenus)、 ルスツェ(Rusze)とも表記されるが、これはプラウエン城代ハインリヒ1世(Heinrich I. (Plauen))の次男ハインリヒのあだ名「ルテヌス」(Heinrich Ruthenus。ラテン語では「Henrico de Plawe dicto Ruze」と表記される。史料で生存が確認できるのは1292年まで)に由来する。 「ルテヌス」というあだ名は、彼がロイス家領の東のルーシ、より厳密にはルテニア(Ruthenia)地方に長く滞在し、さらにはルテニアの支配者で「ルーシの王」を名乗るハールィチ=ヴォルィーニ王国の王族の娘マリヤ(Maria Swihowska)を妻に迎えたために付けられた。ハインリヒ・ルテヌスとマリヤの息子のハインリヒ2世(Heinrich II. (Reuß-Greiz))は、ルーシの王家の女系子孫であることを示すために、1307年より公式の家名としてロイスを名乗った。 つまり、それ以前に分かれたヴァイダ、ゲーラ、プラウエンの城代の諸系統は、ロイスの家名を名乗ったことはない。
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