市場経済 特徴

市場経済

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/29 15:38 UTC 版)

特徴

市場経済を特徴づけるものとしては、次のものをあげることができる。

私有財産制
それぞれの私的経済主体は、財産権所有権)が認められた財産を有する。これにより、財産を効率的に利用しようとするインセンティブが与えられる。
分権化された経済主体
家計企業政府で構成される。
価格システム
サービスの価格および取引量は、市場機能と呼ばれる需給を均衡させるしくみで決定される。

利点

市場経済は、何をどれだけ生産し、誰にどれだけ配分するかという経済の根本機能においては他の経済システムより優れていると考えられる。ただし、前述したように、また、「市場経済自体の欠点」で後述するように、不適切な市場参加者の排除等が前提となる。

市場経済においては必要で不足している商品は価格が上がり、利益水準が高まるため、生産が増加する。このため、経済的需要に応えやすいメカニズムになっている。また、より利益の出せる効率のいい生産体制を持つ企業がより強い資源購買力を持つため、効率的な生産を行える者へ自然と資源配分されるシステムになっている。このため、商品生産において過剰や過少が温存されることなく、効率的な経済となる。もっとも、ここでの「効率的」は、財務的に効率的なのであって、本来の意味での経済的に効率的でもあるとは限らない。

経済学者の大竹文雄は「スーパーに商品がたくさんあり、品余り・品不足が少ないのは、市場経済がうまく機能しているからである」と指摘している[7]

また、市場経済は、競争を促進する機構が働くため労働者の勤労意欲が増し、生産性の向上・投資を誘発して経済成長が起きやすくなる。

経済学者の岩田規久男は「市場経済とは価格の持つ誘因機能を利用し、経済の成長・発展を目指す経済である[8]」「市場経済のメカニズムの重要な点は、個人・企業の自由で自発的な行為に委ね、資源の無駄遣いを防ぐという点である[9]」「バブル経済の発生や環境問題など(市場の失敗)を除けば、市場経済には、資源をより生産性の高い産業に配分するというメカニズムが存在する[10]」と指摘している。

経済学者の野口旭田中秀臣は「市場システムには、『神の見えざる手』のように、『社会的に最適な生産および消費』を自動的に実現させるようなメカニズムが備わっている」と指摘している[11]

経済学者のタイラー・コーエンは、金銭的なインセンティブに硬直しがちで人間を疎外するとされる市場経済こそが実は多様なインセンティブを許容する仕組みであり、インセンティブが制限される社会主義の方がむしろ金銭的なインセンティブに硬直しがちであると指摘している[12]

経済学者のスティーヴン・ランズバーグは「エコノミストは、誰も資源から利益を得ないよりは誰かが利益を得たほうがよいと考えるため、私的所有制度は優れていると考える」と指摘している[13]。ランズバーグは「所有権が守られており、市場が競争的であれば費用に対する便益が最大になるように市場価格は決まる。この条件が満たされていれば、いちいち費用・便益を計算しなくても、市場メカニズムによる価格決定に比べて価格管理は悪であると言い切れる」と指摘している[14]

経済学者の小塩隆士は「市場メカニズムが基盤となっている社会は、『機会均等』が成り立ちやすい社会である」と指摘している[15]

経済学者のロバート・H・フランクは「アメリカなどの先進国の生活水準は、18世紀に所有権という考え方が明確化・強化されて以来、約40倍向上した。ただし、所有権は大きな利益を生み出す一方で、費用も生じさせる」と指摘している[16]

欠点

市場経済の考え方は、一見間違った判断をしていても、あくまで個人の自主性を尊重しようというものである[2]。市場経済はショックに対して迅速に適応する一方で不安定さを内包している[17]。また、不安定と並び、市場経済の問題として分配の不平等がある[18]。何が公正・平等な分配であるかは価値判断の問題であるため、市場は所得・資産を公正・平等に分配することが出来ない[19]

  • 外部性(技術的外部性)と呼ばれる市場を通じない影響が存在する取引においては、市場による資源配分は最適とはならない(例:排気ガスや工業排水などによる汚染)。その他の市場の失敗が存在する場合にも、最適な資源配分を保証しない。
  • 効率的な資源配分が達成されるが、それが公平なものであるとは限らない。効率的であることは望ましい社会の必要条件ではあるが十分条件とは言えず、このため再分配政策が必要となる可能性がある(→パレート効率性)。
  • 貨幣によって取引が媒介される場合が多いが、貨幣が交換だけでなく蓄蔵の機能を持っているために、市場経済に需給のギャップが発生する場合がある。
  • 生産工程が複雑化し定価取引が普及するなど価格による需給調整が行われにくい場合は、数量による調整が行なわれ、失業在庫が発生する。
  • 倫理的価値を包含しない(穀物価格上昇による餓死者発生、軍需産業の肥大化等)。

野口旭、田中秀臣は「現実は理論そのものではない。現実の経済は、市場の理想的な働きを妨げる様々な要素が存在している」と指摘している[11]

経済学者の伊藤修は、市場経済が解決できない問題として、景観の維持、景気変動・バブル経済による被害、所得再分配、格差の問題を挙げている[20]。伊藤は「市場経済を放置しておけば、貧富の差は雪だるま式に拡大する法則を持っている」と指摘している[21]

野口旭は「市場経済の宿命といえる問題点の一つは『所得分配の不平等性』である。市場経済では、人々の所得は、自身の労働が市場でどう評価されるかによって決まる。そのため、必ず所得の不平等が生じる。さらにこうした所得の不平等の結果として『所有の不平等』がもたらされる」と指摘している[22]

社会学者立岩真也は「市場経済自体が私的所有を前提にすることで、私的所有の条件を満たしていない人々の生き方を困難にしている」と指摘している[23]

野口は「『分配と所有の不平等が存在しない社会』という理念に基づいた経済社会とは、計画経済である[24]」「共産主義者によれば、市場経済は、弱肉強食の経済ということになる。市場経済は時として、極端な所得格差、資産格差を生み出す。正しそれが社会公正や社会理論の観点から許容されるべきかどうかという問題と、市場経済自体に対する評価の問題とは別の問題である[25]」と指摘している。

中野剛志株主は短期的な利益を求めるので、株主の力が強くなると、経営者は技術開発や人材育成ができなくなり、市場経済が進むと視野の短期化が起こることを指摘している。また、労働市場を自由化し、市場メカニズムを働かせるほど、長期的な投資が行われなくなり、短期的になるが、アメリカの石油産業を一例に挙げ、産業の安定性や弾力性を奪うことも指摘している[26]

中野は実際の社会では経済学が想定する市場のように、宇沢弘文が言うところのマリアブル(可塑性・柔軟な変化の可能性)には動かないとしている。人間や自然などお金では買えない価値を多分にはらんだものは、急に必要になったから取り出すとか、要らなくなったから捨てるということはできず、日本で行われた労働移動の自由化や派遣労働の問題が典型であるが、それを市場で交換した途端に、人間性や個人の尊厳などの市場で交換できないはずの大切なものが破壊されてしまうとしている[27]

大竹文雄は「市場競争は人々の間に発生する所得格差の問題を解決してはくれない。しかし、社会全体の所得が上昇するという意味で、市場経済が人々を豊かにしてくれる。富者から貧者に所得再分配をする余力が生まれるため、貧者の生活水準を上げることができる」と指摘している[28]。大竹は「一人勝ちが発生してしまうと市場メカニズムはうまく機能しないことが多い。大事なのは、市場競争が問題だと結論づけ、競争を否定するルールを採用するのではなく、市場競争がうまく機能するようなルールを採用することである」と指摘している[29]

経済学者の香西泰は「市場経済は環境問題を解決できないと批判されるが、社会主義の国々でも凄まじい環境破壊は起きている。環境規制がなされれば、市場はそれを守る。環境問題の内部の内部化により、環境保護へのインセンティブがより強くなり、自発的な環境保全へとつながる」と指摘している[30]


  1. ^ 松原聡 『日本の経済 (図解雑学シリーズ)』 ナツメ社、2000年、20頁。
  2. ^ a b c 中谷巌 『痛快!経済学』 集英社〈集英社文庫〉、2002年、178頁。
  3. ^ a b 伊藤元重 『はじめての経済学〈上〉』 日本経済新聞出版社〈日経文庫〉、2004年、30頁。
  4. ^ ただし国富論では神の見えざる手という表現は使われていない。
  5. ^ 官業の民間開放をビジネスチャンスに アタックスグループ プロトピックス12月号
  6. ^ 学会HP”. 日本商業学会. 2022年1月23日閲覧。 個人会員1,072名,賛助会員11社・団体,購読会員32件 (2019年7月現在)
  7. ^ 大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、67頁。
  8. ^ 岩田規久男 『経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1994年、27頁。
  9. ^ 岩田規久男 『経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1994年、105頁。
  10. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、229頁。
  11. ^ a b 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、32頁。
  12. ^ 若田部昌澄・栗原裕一郎 『本当の経済の話をしよう』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2012年、84頁。
  13. ^ スティーヴン・ランズバーグ 『ランチタイムの経済学-日常生活の謎をやさしく解き明かす』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2004年、77頁。
  14. ^ スティーヴン・ランズバーグ 『ランチタイムの経済学-日常生活の謎をやさしく解き明かす』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2004年、168頁。
  15. ^ 小塩隆士 『高校生のための経済学入門』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2002年、94頁。
  16. ^ ロバート・H・フランク 『日常の疑問を経済学で考える』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、175頁。
  17. ^ 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、20頁。
  18. ^ a b 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、21頁。
  19. ^ 岩田規久男 『経済学的思考のすすめ』 筑摩書房、2011年、204頁。
  20. ^ 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、190-191頁。
  21. ^ 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、191頁。
  22. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、110頁。
  23. ^ 田中秀臣 『不謹慎な経済学』 講談社〈講談社biz〉、2008年、113頁。
  24. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、115頁。
  25. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、169-170頁。
  26. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 85-88頁。
  27. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 189頁。
  28. ^ 大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、69頁。
  29. ^ 大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、232頁。
  30. ^ 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、23-25頁。
  31. ^ 日本経済新聞社編 『世界を変えた経済学の名著』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、76-77頁。
  32. ^ 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、231頁。
  33. ^ 竹中平蔵 『経済古典は役に立つ』 光文社〈光文社新書〉、2010年、211-212頁。
  34. ^ 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、33頁。
  35. ^ 橘木俊詔 『朝日おとなの学びなおし 経済学 課題解明の経済学史』 朝日新聞出版、2012年、31頁。
  36. ^ a b 市場と経済発展―途上国の貧困削減に向けて RIETI 2006年9月12日
  37. ^ 市場経済と民主主義の間の緊張感の高まり NIRA 総合開発研究機構 2013年5月
  38. ^ 岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、11頁。
  39. ^ a b 就職氷河期の閉塞感は、市場競争に対する支持を失うという意味で非常に大きな問題点をはらんでいる--大竹文雄・大阪大学教授 東洋経済オンライン 2011年8月16日
  40. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 35-37頁。
  41. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 65頁。
  42. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 67頁。
  43. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 69頁。
  44. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 84-85頁。
  45. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、68-69頁。
  46. ^ 田中秀臣 『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』 講談社〈講談社BIZ〉、2006年、127頁。
  47. ^ 若田部昌澄・栗原裕一郎 『本当の経済の話をしよう』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2012年、111頁。
  48. ^ 大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、6-7頁。
  49. ^ 小塩隆士 『高校生のための経済学入門』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2002年、98頁。
  50. ^ 竹中平蔵 『経済古典は役に立つ』 光文社〈光文社新書〉、2010年、189頁。
  51. ^ 中谷巌 『痛快!経済学』 集英社〈集英社文庫〉、2002年、174頁。
  52. ^ 竹中平蔵 『経済古典は役に立つ』 光文社〈光文社新書〉、2010年、27頁。
  53. ^ インフレが日本を救う 消費増税先送りで、アベノミクスは復活する 東洋経済オンライン 2014年9月8日






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