ブラックホール 観測

ブラックホール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/10 22:18 UTC 版)

観測

観測された諸事象を織り込み、ブラックホールとその伴星を描いた想像図
伴星GRO J1655-40は我々の銀河に存在するマイクロクエーサーで、ブラックホールがガスを吸いとっており周囲には降着円盤が形成されている。青色のトーチのように描かれているのはブラックホールからの90%のスピードで噴出するとされるジェットである[31]

ブラックホールの存在はあくまで理論的な存在に過ぎなかったが、1970年代に入りX線天文学が発展したことで転機を迎える。宇宙の激しい現象からはX線が放出されるが、X線は地球の大気に吸収されてしまうことから人工衛星で観測する必要があった。アメリカのマサチューセッツ工科大学を中心とするグループがケニアから打ち上げたX線観測衛星“ウフル”は4年間、数々の天体を継続的に観測し、X線の発生源が中性子星や超新星の残骸、パルサーであることを突き止めるが、数々の天体の中でもはくちょう座X-1のX線データは不規則で激しく変化し、どのデータにも当てはまらず科学者の注目を集める[10]

その後の精密な観測と分析の結果、太陽の30倍の質量を持つX-1が自己重力によって潰れた星を周っている事が判明した。X線が極めて早く変化している事象により、見えない天体の大きさは大変小さいと推測されるものの、質量は太陽より遥かに大きいという事実を受け、“ウフル”打ち上げ担当者のリカルド・ジャコーニは一般相対性理論に基づき、その天体は“ブラックホールである”と述べている[10]。このX線は晩年を迎えたX-1の膨張により星の表面が引力圏に達して吸い込まれることにより、ガスの温度が1000万℃以上にもなる降着円盤が発するX線波形だと結論づけられた。

その後の観測で、四つの天体がブラックホール候補に挙げられたが、中でも地球から最も近い銀河で16万光年の距離にある、大マゼラン雲内の二つの天体は、いずれも太陽の10倍程の質量に対し直径は50kmと極端に小さく、先のX-1と同様のX線を放出している事が確認された[10]。他の銀河系にも同様の天体が複数発見されている[32]

十字マークが推測されるブラックホール(いて座A*)、白い点が恒星、一番ブラックホールに近い恒星がS2

1990年代、銀河中心部から放出される電波の観測や銀河系中心付近の恒星運動の長期に渡る追跡観測が行われた。カール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群(VLA)の観測では、銀河中心を取り囲む直径1200光年の暗黒星雲の内側に円筒状の激しい物質の流れがあり、その中には球状のガスの塊、さらに内部にはもう一つの暗黒星雲から中心に向けて3本のガスが流れ込んでいることが確認された[10]

カイパー空中天文台が実施した銀河中心核の観測では、太陽質量の300万倍にもなるガスが中心部分に向けて3方向から秒速200kmの速さで流れ込み、膨大なガスの一部は溢れ出て宇宙に放出されていることが判明した。観測の中心人物であるチャールズ・タウンズは銀河系中心がブラックホールである可能性は極めて高いと語っている[10]。また、数多くの銀河の中心部に太陽質量の数百万倍から数十億倍という大質量のブラックホールが存在することが確認されている[33]

2011年9月5日、国立天文台JAXAは、世界で初めてブラックホールの位置を特定することに成功した、と発表した。これは地球から約5440万光年彼方にあるおとめ座A(M87)銀河に潜む超巨大ブラックホールの位置を、電波観測により特定したもの[34]

2011年8月25日には、JAXAが国際宇宙ステーションの全天X線監視装置(MAXI)を使って地球から39億光年離れた銀河の中心にある巨大ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間を世界で初めて観測したと発表した[35]

2019年4月10日、世界中の望遠鏡を用いてブラックホールの事象の地平面の輪郭「ブラックホールシャドウ」を撮影することを目指した国際研究チーム・イベントホライズンテレスコープ(EHT)が、人類初となるブラックホールの直接撮影に成功したと発表した。撮影に成功したのは楕円銀河M87の中心部にある巨大ブラックホールであった[36][37]。2019年の発表後、EHTチームの公開したデータを世界各国の研究チームが再解析し、EHTチームと同様にリング状の画像を得ている[38]。2022年6月には、EHTチームに参加していない三好真助教(国立天文台)らの研究グループによる「リング構造であるとする解析結果は誤りである」とする研究結果がアストロフィジカルジャーナル誌に掲載された[39]が、EHTチームは誤った理解に基づくものとして否定している[38]

2022年5月12日には同チームが天の川銀河の中心にあるブラックホール「いて座A*」の撮影に成功したと発表した[40][41]

ブラックホールシャドウ

「ブラックホールシャドウ」は、事象の地平面とは同一のものではない[42]。事象の地平面の外側に、光子が比較的安定して周回できる「光子球 (photon sphere) 」と呼ばれる領域があり、この内側に入射した光子は必ず事象の地平面と交差する[42]。そのため、光子球の背後に光源があれば光子球の形をした影が作られることとなる[42]。この影を「ブラックホールシャドウ」と呼ぶ[42]。ブラックホールシャドウは、シュヴァルツシルト・ブラックホールではシュヴァルツシルト半径の~5.2倍、カー・ブラックホールではシュバルツシルト半径の~4.84倍に見える[42]


注釈

  1. ^ 比較して「ホワイトホール」と称されることが多い。
  2. ^ 脱出速度を超えなくてもロケットのように推進力を与え続ける、光速度不変の原理によって速度が保たれる光などは脱出できるが、空間自体が歪むことによりこういったものでも脱出できない。
  3. ^ この乱暴な態度が、結果的にその後40年間ブラックホールの研究が滞る結果を招く要因となった。また、このやりとりはチャンドラセカールのその後の人生にも暗い影を落とすことになった[15]
  4. ^ これはシュミットがクエーサーの正体を暴く前のことだった[19]
  5. ^ 例えば、物質反物質との違いというような、物理法則を支えている根本的な属性。
  6. ^ なお、カー解は、ブラックホール唯一性定理により、軸対称定常・真空かつ無限遠平坦という仮定のもとでのアインシュタイン方程式のただ一つの解であることが示されており、ブラックホール脱毛定理(無毛定理)の描像とあわせて、物理的に形成されるブラックホールの最終段階と考えられている[22]。1973年に京都大学冨松彰佐藤文隆が発見したトミマツ・サトウ解はカー解を歪めたもので裸の特異点が存在する[23]
  7. ^ ペンローズ本人は幾何学を専門としており、デニス・シアマにその才能を一般相対性理論の領域で活かすべきだと誘われた[25]
  8. ^ なお、ホイーラーはダラス会議から1年と経たない段階で、スティーヴン・ホーキングと出会っている[25]。ホーキングは後に、事実上ホイーラーの最良の教え子となり、ブラックホールの研究を最も確固たる形で受け継ぐことになった[25]。ホーキングは飲み込みの良い学生で、ペンローズの手法を全て吸収し、逆向きの星の崩壊と考えることができる、開いた宇宙(永久に膨張し続ける宇宙)に手法を応用した[24]

出典

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