ブラックホール ブラックホールの概要

ブラックホール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/12 09:59 UTC 版)

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イベントホライズンテレスコープにより撮影されたM87中心部の超大質量ブラックホール。リングの直径は約1000億km、質量は太陽の約65億倍と推定されている。[1][2]なお、この撮影画像は8基の電波望遠鏡が数日間にわたり収集した撮影データを基に作成された。2019年4月10日13時 (UTC) に公表。
ブラックホールの想像図
天の川を背景として太陽質量の10倍となるブラックホールから600km離れた視点を想定し、理論的な計算を基に作成したシミュレーション画像。光はブラックホールより出られないため真っ暗で、周囲の光が重力でねじ曲げられる様子が描かれている。(Ute Kraus、2004年[1]
ブラックホールの重力レンズ効果によって、背景の銀河の像が歪められている状態を想像したアニメーション動画。

名称

「black hole」という呼び名が定着するまでは、崩壊した星を意味する「collapsar(コラプサー)」などと呼ばれていた[3]。光すら脱け出せない縮退星に対して「black hole」という言葉が用いられた最も古い印刷物は、ジャーナリストのアン・ユーイング英語版1964年1月18日の『サイエンス・ニュースレター英語版』で記した「'Black holes' in space」と題するアメリカ科学振興協会の会合を紹介する記事である[4][5][6]。一般には、アメリカ物理学者ジョン・ホイーラーが1967年に初めて用いたとされるが[7]、実際には当時ニューヨークで行われた会議中で聴衆の一人が洩らした言葉をホイーラーが採用して広めたものであり[5]、またホイーラー自身はブラックホールという言葉の考案者であると主張したことはない[5]

特徴

ブラックホールはその特性上、直接的な観測を行うことは困難である。しかし他の天体との相互作用を介して間接的な観測が行われている。X線源の精密な観測と質量推定によって、いくつかの天体はブラックホールであると考えられている[8]

事象の地平面

周囲は非常に強い重力によって時空が著しくゆがめられ、ある半径より内側では脱出速度光速を超えてしまう。この半径をシュヴァルツシルト半径、この半径を持つ球面を事象の地平面(シュヴァルツシルト面)と呼ぶ。この中からは光であっても外に出てくることはできない。ブラックホールは単に元の星の構成物質がシュヴァルツシルト半径よりも小さく圧縮されてしまった状態の天体であり、事象の地平面の位置に何かがある訳ではなく、ブラックホールに向かって落下する物体は事象の地平面を超えて中へ落ちて行く。

ブラックホールから離れた位置の観測者から見ると、物体が事象の地平面に近づくにつれて、相対論的効果によって物体の時間の進み方が遅れるように見えるため、観測者からはブラックホールに落ちていく物体は最終的に事象の地平面の位置で永久に停止するように見える[9]。同時に、物体から出た光は重力による赤方偏移を受けるため、物体は落ちていくにつれて次第に赤くなり[10]やがて可視光領域を外れ見えなくなる。

特異点

ブラックホールには密度、重力が無限大である重力の特異点があるとされる。角運動量を持たないシュヴァルツシルト・ブラックホールでは中心にあり、回転するカー・ブラックホールではリング状に存在する。

降着円盤

連星系を形成するブラックホールは降着円盤を形成する場合がある。円盤は膨大な熱とX線を放射する。多くのものは宇宙ジェットを伴うが、ジェットの生成メカニズムははっきりとは分かっていない。ブラックホールの観測において非常に重要である。

理論史

ブラックホールの理論的可能性については、18世紀後半に先駆的な着想があった[11]ピエール=シモン・ラプラスは、アイザック・ニュートンの提唱した光の粒子説ニュートン力学から、光も万有引力の影響を受けると考え、理論を極限まで推し進めて「十分に質量と密度の大きな天体があれば、その重力は光の速度でも抜け出せないほどになるに違いない」と推測した[11]。また、イギリスジョン・ミッチェルも同様の論文を発表した[12][11]。しかしその後、光の波動説が優勢になり、この着想は忘れられた[13]

現代的なブラックホール理論は、アルベルト・アインシュタイン一般相対性理論が発表された直後の1915年に、理論の骨子であるアインシュタイン方程式カール・シュヴァルツシルトが特殊解として導いたことから始まった[10][13]シュヴァルツシルト解は、時空が球対称で自転せず、さらに真空であるという最も単純な仮定で一般相対性理論の厳密解を導くことで得られた。アインシュタイン本人は一般相対論で特異点が有り得ることを渋々認めていたものの、それはあくまで数学的な話であって現実には有り得ないと考えていた[14]

ロバート・オッペンハイマー

1930年に、インド出身でイギリスに留学に来ていた当時19歳のスブラマニアン・チャンドラセカールが、白色矮星の質量には上限があることを理論的に導き出し、質量の大きな恒星は押しつぶされてブラックホールになると、ブラックホールの存在を初めて理論的に指摘したが、当時の科学界の重鎮アーサー・エディントンがまともに検討することもなく頭ごなしに否定した[15][注 1]

1939年、ロバート・オッペンハイマーとその大学院生のハートランド・スナイダーが、アインシュタインが成功を収めることになった流儀を真似て一つの思考実験を行った[16]。二人は、大質量の星が燃え尽き、突然自重で潰れる時に何が起きるのか自らに問いかけてみたのである[16]。当時、太陽のような軽い星の場合は地球サイズで鉄の密度にまで収縮することが分かっており、より重い星はさらに収縮が進み直径10マイル(16km)程度のボールに収縮すると、フリッツ・ツビッキーウォルター・バーデが仮説を立てていた[17]。オッペンハイマーらは、当時の物理学界を賑わせていた中性子星存在の議論の中で、恒星の崩壊後にできる中性子星の質量には上限があり、超新星爆発の後に生成される中性子の核の質量がその上限よりも重い場合、中性子星の段階に留まることなくさらに崩壊する重力崩壊現象を予言した[18]。しかし彼は、ここまで研究を進めたところで原子爆弾開発を目的とするマンハッタン計画の責任者としてロスアラモス研究所の所長に任命され、ブラックホール研究からは遠のくことになった。

ジョン・ホイーラー

ほとんどの物理学者はこうした説明を何一つとして真剣に受け止めていなかったが、フレッド・ホイルは別だった[17]。突飛な説明をすることにかけては一流のホイルは、太陽の何百万倍もの超星(スーパースター)は熱核反応ではなく重力によって電波銀河にパワーを供給していると提唱した。そして、超星ほどの巨大な物質の集まりを自重で崩壊させてみれば、その質量の90%までがエネルギーに変換され、クエーサーの燃料となり得ると指摘した[19](これはシュミットがクエーサーの正体を暴く前のことだった[19])。

物理学者ジョン・ホイーラーは特異点と重力崩壊の問題を考え続けていた[19]。彼は計算の結果、物質とその本質をなす様々な属性(例えば、物質反物質との違いというような、物理法則を支えている根本的な属性)は、特異点で単純に消えてしまうと確信した[20]。1963年、ロイ・カーが軸の周りに一定の角速度で回転するブラックホールについての厳密解(カー解)を導いた[21][注 2]

ロジャー・ペンローズ

ホイーラーが「最終状態の問題」とデリケートな言い回しで表現した問題を、ロジャー・ペンローズは強力な定理やエレガントな証明を用いて、まるで四次元における幾何学問題であるかのようにアプローチした[24][注 3]。一般相対性理論に対しては多くの科学者が、特異点というのは架空のものであり数学的な理想化の産物と考えており「星は回転で物質は跳ね飛ばされ、中心の周りで渦を巻き、一体になって特異点を形成するようなことはない」信じられていたのである[24]。ところが1965年に、ペンローズが星の崩壊は特異点に収束することを証明した[24]。物質とエネルギーが充分に集まっている所ならどこでも時空に終わりが来ることがあると証明したのである[24]。シアマはこれを「一般相対論にとって最も重要な貢献」と呼んだ[24][注 4]

スティーブン・ホーキング

ホイーラーは数年の間「物理と宇宙の窮地」「重力の黙示録」とも言える天体を研究していたが、より劇的に表現する方法を探し続けており、1967年にニューヨークで開かれた会議において「ブラックホール」(black hole)という言葉を採用し、研究のPR面に役立てた[7]。後にホイーラーは「時に患者は、いくら医者が病気だと言っても病気に名前をつけてくれないうちは信じないことがあるんだ」と説明したといわれる[7]

1960年代の終盤から、イギリスの理論物理学者らは活発に刺激を与え合い理論を生み出すようになり、ペンローズとシアマ・グループは、特異点、時空の構造、物質の末路に関する定理を数多く生み出していった[24]。例えば当時生み出された有名な定理を一つ挙げると、崩壊する物質もしくはブラックホールに落ち込むものは何であれ、特異点にぶつかって存在が潰滅してしまうか、ブラックホールが回転しているとすれば、中心のワームホールに命中して別の時空や宇宙にホワイトホールとして噴出すると結論を下している[26]

ホイーラーは、ブラックホールは飲み込む対象が何(青色巨星星間塵ニュートリノ・放射・反物質)であれ、それに関する情報を破壊して経過を隠してしまい、そこから出てくるものは同じものになるという撹乱能力を備えていることを示し、「ブラックホールには毛がない(ノーヘア)」と表現し(ブラックホール脱毛定理[27]、カーターも別な定理としてノーヘアを提唱した。この定理はブラックホール物理学に革命を起こした[28]。ホーキングはこの定理のことを気にしており、こうした研究の多くをジョージ・エリスと共同で執筆し、1971年に出版されたLarge Scale Structure of space time『時空の大規模構造』にまとめている。これは後に古典の一つに数えられるようになった[28]

ホーキングが1974年にホーキング輻射の公式を考案すると、シアマはそれを高く評価し「自分の優秀な教え子の業績」として自らの講義で紹介したが[29]、後にこの公式から導かれるブラックホールの蒸発に伴う情報喪失のパラドックスは物理学界に激しい論争を呼んだ[30]




注釈

  1. ^ この乱暴な態度が、その後40年間ブラックホールの研究が滞る結果を招く要因となる。また、このやりとりはチャンドラセカールのその後の人生にも暗い影を落とすことになった[15]
  2. ^ なお、カー解は、ブラックホール唯一性定理により、軸対称定常・真空かつ無限遠平坦という仮定のもとでのアインシュタイン方程式のただ一つの解であることが示されており、ブラックホール脱毛定理(無毛定理)の描像とあわせて、物理的に形成されるブラックホールの最終段階と考えられている[22]。1973年に京都大学冨松彰佐藤文隆が発見したトミマツ・サトウ解はカー解を歪めたもので裸の特異点が存在する[23]
  3. ^ ペンローズ本人は幾何学を専門としており、デニス・シアマにその才能を一般相対性理論の領域で活かすべきだと誘われている[25]
  4. ^ なお、ホイーラーはダラス会議から1年と経たない段階で、スティーヴン・ホーキングと出会っている[25]。ホーキングは後に、事実上ホイーラーの最良の教え子となり、ブラックホールの研究を最も確固たる形で受け継ぐことになった[25]。ホーキングは飲み込みの良い学生で、ペンローズの手法を全て吸収し、逆向きの星の崩壊と考えることができる、開いた宇宙(永久に膨張し続ける宇宙)に手法を応用した[24]

出典

  1. ^ https://www.theguardian.com/science/2019/apr/10/black-hole-picture-captured-for-first-time-in-space-breakthrough
  2. ^ ブラックホールの撮影に成功 世界初 一般相対性理論を証明毎日新聞2019年4月10日
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  14. ^ デニス・オーヴァバイ 2000, p. 151.
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  16. ^ a b デニス・オーヴァバイ 2000, pp. 151-152.
  17. ^ a b デニス・オーヴァバイ 2000, p. 152.
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  25. ^ a b c デニス・オーヴァバイ 2000, p. 160.
  26. ^ デニス・オーヴァバイ 2000, p. 163.
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