コンパクト空間
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/10 03:23 UTC 版)
無限次元空間におけるコンパクト性
すでに述べたように、有限次元ベクトル空間やより一般に有限次元の完備リーマン多様体の部分集合に対してはコンパクト性は有界閉集合と等しい。一方無限次元の空間の場合は、どのような空間にどのような位相を入れるかにより結論が異なる。
無限次元ベクトル空間
ノルムから位相を入れた場合
ノルムから位相を入れたベクトル空間(ノルム空間)に対してはリースの補題から直接的に次の事実が従う:
命題 ― もしくは上のノルム空間Vの閉単位球がコンパクトである必要十分条件はVが有限次元である事である。
この定理を具体例を通して説明すると、例えばℓ2空間
にℓ2ノルム
から定まる距離を入れた空間の閉単位球
はコンパクトではない。
実際、
とすると(ここでδn,kはクロネッカーのデルタ)、
- for n≠m
であるので、のいかなる部分列もコーシー列の条件
を満たしえず、したがっては収束部分列を持たない為点列コンパクトではなく、よってコンパクトでもない。
ℓ2空間の閉単位球Bがコンパクトにならない原因は、Bは有界であっても全有界ではないからである。実際、 for n≠mであるので、を満たす正数εに対しては、各を覆うために一つずつε-球を用いる必要があるので、可算無限個のε-球が必要となり、全有界ではない。
*弱位相の場合
一方、無限次元空間であってもノルムから定まる位相以外の位相に関しては閉単位球がコンパクトになる事もある:
定理 (バナッハ・アラオグルの定理) ― Kをもしくはとする。このときK上のノルム空間Vの双対空間V*に*弱位相を入れると、(Vが無限次元であっても)V*の閉単位球はコンパクトである。
ここでノルム空間Vの双対空間V*はV上のK値連続線形写像全体を関数としての和と定数倍によりベクトル空間とみなしたものであり、*弱位相とはx ∈ Vに対し、
とするとき、μxが全て連続になるV*上の最弱の位相の事である。なおV*は作用素ノルムによりノルム空間とみなせ、上記の定理で言う「閉単位球」はこのノルムに関する閉単位球の事である。
*弱位相はハウスドルフ性を満たす事が知られており、コンパクトな空間の閉部分集合はコンパクトなので、以下の系が成立する:
系 ― V*に*弱位相を入れた空間の有界閉集合はコンパクト
なお、Vが再帰的であればV上の弱位相に関しても同様な事が成立する事が知られているが、再帰的でない場合には反例がある事が知られている[12]。
注意しなければならないのは、*弱位相における有界閉集合には内点が無く、有界閉集合上の点は必ず境界点になる事である。これはすなわち、たとえ閉単位球がコンパクトであっても*弱位相をいれたV*が後述する局所コンパクトにはなっていない事を意味する。
コンパクト空間の直積
本節では位相空間の(有限個または無限個の)直積には2種類の位相が入り、コンパクト空間の無限個の直積に前者の位相を入れた場合はコンパクトになるが、後者の位相を入れた場合はそうなるとは限らない事を見る。
直積位相と箱型積位相
を位相空間の族するとき、には以下の2種類の位相が入る。
これら2つの位相は有限個の直積を考えている場合は同一であるが、無限積を考えた場合には箱型積位相のほうが直積位相よりも強い(弱くない)位相になる。これを見るために直積位相を具体的に書き表すと、以下のようになる事が知られている:
定理 ― 上の定義と同様に記号を定義するとき、 直積位相は
- , 有限個のλを除いて
を開基とする。
Λが無限集合のときは、「有限個のλを除いて…」という条件が原因で、箱型積位相と差が生じる。例えばをの(可算)無限個のコピーとし、をの無限個のコピーとするとき、直積
は直積位相に関して
の開集合ではない。実際、前述の「有限個を除いて…」という条件を満たしておらず、条件をみたすものの和集合としても書けないからである。
チコノフの定理
コンパクト空間の(有限個または無限個の)直積に直積位相位相を入れたものはコンパクトである:
定理 (チコノフの定理) ― をコンパクトな位相空間の族とする。このとき直積に直積位相を入れたものはコンパクトである。
なおチコノフの定理は(ZF公理系を仮定した上で)選択公理と同値である事が知られている[14]。
チコノフの定理より例えば上の単位区間の無限個のコピーの直積に直積位相を入れたものはコンパクトである。
一方に箱型積位相を入れたものはコンパクトではない。実際、に対し、ノルムを
と定義すると、箱型積位相はこのノルムから定まる位相と一致する事を簡単に確かめる事ができる。そこでとして無限次元ノルム空間の場合と同様の議論でコンパクトでない事を示せる。
注釈
- ^ この部分の議論はコンパクト化の概念を定義する事により、厳密化する事ができる
- ^ なお、閉多様体という言葉は書籍により意味の違いがあり、コンパクトな多様体を閉多様体と呼ぶものと、コンパクトで縁のない多様体を閉多様体と呼ぶものが有る
- ^ より厳密に言うと、有向集合(Λ,≤)と、ΛからXへの写像x : Λ→Xの組の事をΛを添字集合とする有向点族と呼ぶ
- ^ 単に「ボルツァーノ・ワイエルシュトラス性」といったとき有向点族に対するものを指すのか点列に対するものを指すのかは書籍により異なるので注意が必要である。
- ^ なお、任意の点列が収束部分列を持つこと(すなわち点列コンパクトである事)と集積点を持つ事とは一見同値にみえるが、Xが第一可算公理を満たさない場合は前者のほうが後者よりも一般には強い条件である。Xが第一可算公理を満たしさえすれば、点列の集積点x∈Xの加算近傍系に属する各近傍からの元を一つずつ選ぶことでxに収束する部分列を取れるが(具体的にはとするとき、とすれば、部分列はxに収束する)、Xが第一可算公理を満たさない場合はこのような手法でxに収束する部分列を作る事ができないからである。
- ^ #Schechter p.449ではパラコンパクト性質の条件としてハウスドルフではなくそれより弱い「preregular」を課しているが、この意味でのパラコンパクト性を満たせばハウスドルフになる事が示されているので定義は同値である
- ^ なお#Schechter p.449.ではハウスドルフではなくそれより弱い「preregular」(同文献p.439-440参照)をこの定理に課しているが別の注釈ですでに述べたようにパラコンパクトな空間ではpreregularならハウスドルフである
出典
- ^ “Cambridge English Dictionary”. 2021年1月19日閲覧。
- ^ a b #Kelly pp.65-66.
- ^ a b #Schechter 7.6
- ^ a b c d e #Kelly pp.135-136.
- ^ #Schechter p.461.
- ^ #Kelly p.141.
- ^ #内田 p.146
- ^ #内田 pp.145-146.なお、この文献では必要性しか示されていないが、十分性に関しても以下のアイデアで示せる:をXの完備化とすると、仮定より上の点列はコーシー列を部分列に持ち、は完備なのでこのコーシー列は収束する。すなわちは点列コンパクトである。点列コンパクトは全有界かつ完備である事と同値なので、は全有界であり、したがってXも全有界である。
- ^ #Kelly p.198.
- ^ #Schechter pp.505-506.
- ^ #Schechter p.507
- ^ #Heil p.3.
- ^ #内田 p.95
- ^ #内田 p.118.
- ^ 「コンパクト⇒点列コンパクト」は定義より明らか。「可算コンパクト⇒擬コンパクト」は#Schechter p.468より。「点列コンパクト⇒可算コンパクト」は#Kelly p.162より可算コンパクト性は任意の点列が集積点を持つ事と同値なので。ここで点x∈Xが点列の集積点であるとは、xの任意の近傍Nに対し、となるnが無限個ある事をいう(#Kelly p.71)[注 5]。
- ^ #Schechter p.470
- ^ #Kelly p.162.
- ^ #Schechter p.468
- ^ a b c d #Kelly pp.156-161.
- ^ a b #Kelly pp.126,128.
- ^ #Kelly p.171.
- ^ #Willard、Theorem 16.9, p. 111
- ^ #Willard、Theorem 16.11, p. 112
- ^ #松島,p. 86.
- ^ a b #Kelly p.172.
- ^ Kelly p.171.
- ^ a b c #Schechter p.445.
- ^ #Schechter p.449.
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