金元とは? わかりやすく解説

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かね‐もと【金元】

読み方:かねもと

資本の金を出す人。かねおや金主(きんしゅ)。


金元

読み方:カネモト(kanemoto)

江戸時代資本主、とくに芝居資本主。

別名 銀元金親(かねおや)


金元

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 02:16 UTC 版)

猫ピッチャー」の記事における「金元」の解説

No.318で登場経理一筋球団スタッフミー太郎年俸であるキャットフード宣伝調べるなどのリサーチ余念のない人物

※この「金元」の解説は、「猫ピッチャー」の解説の一部です。
「金元」を含む「猫ピッチャー」の記事については、「猫ピッチャー」の概要を参照ください。


金・元

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 06:00 UTC 版)

科挙」の記事における「金・元」の解説

1127年北宋では前年解試受けて省試殿試が行われる予定になっていたが、金が首都開封占領したことで中止された(靖康の変)。旧宋領地域を平定するために派遣されていた斡離不補佐していた劉彦宗提言によって、1128年科挙続き実施した(趙子砥『燕録』建炎2年戊申正月条)。遼では989年以来漢民族などを対象科挙実施されており、劉彦宗自身も元は遼の進士であった斡離不劉彦宗相次いで没するが、その後継いだ粘没喝1129年1132年科挙実施しその後熙宗によって1135年科挙実施されている。こうした措置は遼の主要領域を占領した直後1123年にも実施されており、新たな征服地を統治するための人員確保するとともに漢民族知識人引き留め効果があったと考えられている。金では1138年科挙3年1貢の正式な制度として採用され1149年にはそれまで実施されていなかった殿試採用されるようになったが、金が公的な教育機関整備動き出したのは12世紀後期入ってからで、また南宋のような士人対す特権はほとんど認められず、科挙合格しない限り庶民同等に扱われていた。世宗即位後に従来地方官吏から試験による中央登用停止し学校整備して科挙登用増やす政策採用した。また女真族軍事組織であった猛安・謀克形骸化によって官途に就く道が閉ざされるとなった女真族救済するために、女真族のみを対象とした女真進士科(後に策論科)・女真経童科なども実施された。だが、モンゴル侵攻目の当たりにした宣宗実務長けた官吏中央への登用進めたため、官吏出身者進士出身者対立引き起こすことになった。なお、金の科挙受験者はもっとも多かったとされる13世紀初めでも多くて4万人程度と、40万人達したとされる南宋比べて大幅に少ない。だが、金の領域入った地域は元々科挙が盛んではなかった(北宋時代には2万人前後受験者かいなかった)こと、金が人士への特権認めなかったこと(反対に南宋のような特権目当て受験者がいなかったこと)、金の人事制度官吏からの中央への登用比較的容易で科挙一辺倒ではなかったことなど、金と南宋制度的な違いによるところが大きい。 元では、1313年まで科挙実施されなかった。これはモンゴル帝国の旧金領地進出からみれば100年余り遅れて征服された旧南宋地域でも30年以上行われなかったことによる。従来そうした状況をもって士大夫立身出世への道は絶たれた」「モンゴル支配下漢民族知識人不遇」とみなされてきたが、実際にさまざまな人材登用ルート存在しており、漢民族知識人人士士大夫)もそうしたルートを介して登用されていた。大きく分ける官吏兵士・儒戸として出仕してその功績によって中央転じる者、縁故猟官によってモンゴル人王侯などの有力者推挙される者(王侯幕僚として出仕した後にその推挙を受ける例もある)、国子監翰林院司天監などの国家教育機関能力認められ登用される者などがあり、科挙復活後そうしたルートによって出仕する事例多く存在した。だが、元代科挙1回定員100名で、しかも蒙古人色目人漢人(旧金領漢民族及び女真族契丹族渤海族)・南人(旧南宋漢民族)で1/4ずつ分けられており、元代全て通じた合格者総数1000人あまりであった。ところが、科挙合格者は、成績によって従六品から従八品までの品階を与えられるなど、当時としては破格待遇受けた。しかも、科挙実施同時に従来官吏出身者昇進の最高を従七品までに制限された(ただし、この規定科挙復活以前登用者にも適用されたことから問題視され1323年に正四品引き上げられた)。科挙及第によって官僚目指すことはメリットデメリット両方があり、必ずしも他のルート比べて優位とは言えなかった。当時知識人数ある人材登用ルートか科挙を選ぶか、他のルートを選ぶかを選択していたと考えられている。

※この「金・元」の解説は、「科挙」の解説の一部です。
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