無対象の世界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/06 01:41 UTC 版)
この絵画作品には「もの」が描かれていない。中央の正方形は単に描かれたカンバスの枠が折り返されたものである。マレーヴィチは自身を「無対象」を手法とする画家と位置づけているが、これは20世紀の大きな潮流のひとつである抽象だといえる。対象を精確に再現するという「リアリズム」を捉え直し、手法そのものを露出させる芸術意識のもと、マレーヴィチは「もの」を描くことをやめた。つまり何かを再現するときに求められる「約束事」を放棄したのである。シュプレマティズム(あるいは『黒の正方形』)は厳密にいえば、ある「もの」を抽象しているのですらない。そのかわりに絵画の本質とみなされたものこそ「色彩」であり、彼はそれを単なる「対象」の彩りではなく色彩のエネルギーとして自立させようとしたのである。 「 新しい絵画のリアリズムはまさしく絵画のものである。なぜならそこには山のリアリズムも、空のリアリズムも、水のリアリズムもないからである。これまで、物のリアリズムはあった。しかし、絵画の、色彩の諸単位のリアリズムはなかった。そうした単位は形態にも、色彩にも、相互の位置関係にも左右されないように構成されている。 」 『黒の正方形』は白地のカンバスに描かれた作品であるが、マレーヴィチによればこれは対になるものではなくひとつの色、「無色」である。彼はこの「何色でもない色」によって色彩を約束事から解放したのだ。それは、世界が約束事やシステムによって細分化され、様々なカテゴリーを通して屈折させられた「もの」として知覚されることの否定であり、本来的な、生成状態にある世界をとらえる「感覚」(オシュシチェニエ)を描くことである。 「 対象的なものはそれ自体シュプレマティストには無意味である―意識の表象は無価値なのだ。感覚とは決定的なものであり……それゆえ芸術は無対象表現に、シュプレマティズムに至るのだ。芸術は感覚以外なにひとつみとめられない「砂漠」に逢着する 」 「砂漠」に行き着いたマレーヴィチは、その後『赤の正方形』や『白の正方形』を製作すると、しばらく絵画から離れ、建築などのデザインに関わるようになる。
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