海軍兵力とは? わかりやすく解説

海軍兵力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 09:38 UTC 版)

満洲国軍」の記事における「海軍兵力」の解説

起源1932年民国21年2月発足した江防艦隊陸軍として編成され軍閥所有していた5隻の軍艦小型砲艦警備艇)を編成したのだった1932年大同元年4月15日公布の「陸海軍條例」(大同元年4月15日軍令第1号)により、満洲国海軍編入当初は主に河川部国境警備担当していたため、河川凍結する冬季には、海軍兵も上陸して陸戦隊として勤務していた。1934年康徳元年11月江防艦隊令(康徳元年11月24日軍令第8号)により正式に満洲国江防艦隊発足した軍事顧問として満洲駐在日本海軍である駐満海軍部支援していたが、その後日本海軍江防艦隊から手を引き海辺警察隊(後に海上警察隊改称)の支援回ったため、1939年康徳6年2月陸海軍條例改正ノ件(康徳6年2月17日軍令第2号)により、江上軍と名を改め陸軍一部となった。但し、海軍軍令援用スルノ件(康徳6年2月17日軍令第1号)により、陸軍本務及び法令抵触しない条項限り海軍軍令江上軍に関して一律に援用された。 このため実質的な海上兵力海辺警察隊が担っており、独自の航空隊存在した主力艦船は「海威」級で、日本海軍駆逐艦」が引き渡されたものである。この海辺警察隊は領海警備密輸取締りなど沿岸警備隊的な組織であるが、終始日本海軍支援しており、士官技術者航空隊パイロット日本海軍出身日本人多かったこのように海辺警察隊は沿岸警備隊というよりは海軍としての性格強かったこうした状況原因は、黄海以上に黒龍江等のソ連方面河川生命線考えられていたこと、指導支援の立場にあった関東軍駐満海軍部利害関係対立があったこと等といわれる

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海軍兵力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/07/12 00:40 UTC 版)

クロアチア独立国軍」の記事における「海軍兵力」の解説

1941年4月クロアチア独立国海軍初代司令官ジュロー・ヤクチン任命された(1943年4月以降司令官エドガル・アンゲリ)。しかしながらイタリアクロアチア海軍艦艇制限課したため、海軍少数小型艦艇しか保有せず、事実上存在しない等しかったその後イタリア降伏1943年9月)すると、ドイツ拿捕したイタリア海軍艦艇クロアチア譲渡しクロアチア海軍初め名実伴った。その外、以前イタリア課していた50tという軍艦排水量制限解除された。 防空巡洋艦ズナイムズナイムクロアチア海軍保有した最大軍艦A・G・ヴェーザー/ブレーメン造船所1900年6月25日竣工。元々はドイツ帝国海軍小型巡洋艦ニオベだったのを、1925年除籍後ユーゴスラビア王国購入してダルマツィヤ(Dalmacija、ダルマチアの意)と改名、1926〜27年にかけて砲術練習艦改造して用いていた。後1941年イタリア海軍捕獲してカッタロ(Cattaro、コトルの意)となり、1943年イタリア降伏後ドイツが再捕獲しニオベ戻し、すぐにクロアチア海軍引き渡されズナイム(Znaim、ズノイモの意)となった。なお、この艦は1943年12月19日アドリア海イギリス海軍高速魚雷艇雷撃され損傷2日後沈没した。更に1947年9月頃に浮揚解体されている。 このほかクロアチア海軍には20隻の艦艇があり、敷設艦キービッツ(旧イタリア海軍 Ramb IIIItalian ship Ramb III)、水雷艇 TA48(旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍78T/1913年竣工旧ユーゴスラビア海軍T3:1945年2月20日英空軍機により、トリエステ撃沈)、武装商船G102、G104、KM魚雷艇8隻(うち1艇はパルチザン投降)。また、水雷艇T7(旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍96F/1916年竣工旧ユーゴスラビア海軍T7:1944年6月25日Muter島付近で、英海軍高速魚雷艇659/662/670により破壊)、機雷補給艇Mosor(1920竣工イタリア海軍 Pasman:1944年12月31日Istu島付近座礁1954年解体)があった。 河川艦隊は2隻の河川モニター艦であるボスナ旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍ケレシュ(Körös)→旧ユーゴスラビア海軍モラヴァ1941年4月11日自沈クロアチアによって浮揚1944年6月触雷により沈没)、サヴァ旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍ボドログ→旧ユーゴスラビア海軍サヴァ1941年4月12日自沈クロアチアによって浮揚1944年9月9日自沈)が主力であり、他に6隻のモーターボートこのうち少なくとも3隻はパルチザン投降)があった。 他に、10隻の雑役船があった模様である。

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