樋口フジとの師弟関係を解消、ハツジサワの弟子となるとは? わかりやすく解説

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樋口フジとの師弟関係を解消、ハツジサワの弟子となる

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/04 06:17 UTC 版)

小林ハル」の記事における「樋口フジとの師弟関係を解消、ハツジサワの弟子となる」の解説

12歳の時、ハル大叔父から大人用三味線を買い与えられ13歳ときには二丁三味線演奏することが許された。これはハル一人前瞽女として認められたことを意味した。しかしフジからの評価芳しくなかったフジハルをしばしば「ぼっこれ薬缶」と呼び、「お前みたいな唄の下手なのはいらない」と罵った実家のことを持ち出され、「おまえんとこは鉄砲打ってとるから、たたりで声が出ないんだろう」と当てつけられることもあった。フジハルの下に2人弟子をとると、「唄が下手だから、お前はいらない」という理由ハル巡業から外すようになったフジハル低く男性的なところのある声が気に入らないようであったが、ハルにも「親方同じになんか唄わんねェ」という思いがあった。巡業から外されやむなく家に戻ったハル大叔父に連れられて巫女占ってもらった結果は「そこでは因縁がないし、そこに置いて苦労するばっかりだから引きとった方がいい」というものであった。同じ頃、たまたま姉弟子の一人瞽女から足を洗うことを決めており、ハル将来案じた姉弟子の計らいフジのほうから暇を出す形で、縁切り金を払うことなく師弟関係解消することができた。。1915年大正4年)のことである。この時、ハルの脛にはフジ打ち据えられてできた傷が残っており、調べてみると骨に無数のヒビ入っていた。 実家戻ったハル声をかける瞽女もいた。長岡市瞽女組織系統属するハツジサワもその一人で、「唄をうたわなくとも、他のことに使っていいから、しばらく貸してみてくれ」と熱心に口説かれたのをきっかけに、1915年大正4年)、年季21年条件サワ弟子入りした。これは長岡瞽女組織取り仕切る山本ゴイから直接許可得た上でのことであったその際山本ゴイに唄を披露したハル腕前褒められ一人前瞽女だけが着ることが許される赤い半衿のついた襦袢与えられている。ハルには新たに「チヨノ」という瞽女名がつけられた。樋口フジは、ハルサワ弟子になったことを知ると、「家にいるからという約束帰したんだ。他に出るなら縁切り金をもらいたいと言い出し結局三味線1丁をフジに渡すことで話がついたサワ絶対的な存在として振る舞ったフジ違ってハル尊重し陰湿な仕打ちをすることもなかった。ハルによると、サワのもとで自由に飲食ができるようになってから、それまでが嘘のように声が出て上手く唄えるようになったという。 18歳の時、サヨという年上の晴眼者瞽女巡業をすることになったサヨは「気が強く、すぐ乱暴をふるう」と仲間内でも評判よくない人物であった。このサヨから、ハル後の人生左右するほどの怪我を負わされてしまう。あるハル小さな堀の中に落ち、それを見た村人サヨにもっと気を付けてやるよう注意した腹を立てたサヨは人のいないところでハル突き飛ばして倒しハル局部執拗に突いたのである。傷はなかなか癒えず歩いた唄ったりすると痛み苛まれたが、ハルは「ころんで木の根引っかかったと言って事の真相誰にも話さなかった。警察沙汰になりサヨがいなくなれば巡業ができなくなると考え、「もともとは、おらが堀に落ちたのが悪いんだ」と耐え忍ぶことを選んだのである医者に「転んで出来る傷じゃない大事なところをひどいけがをして、いったい何をした」と言われサワに「ほんとうのことを言ったらええ」と勧められても真相を話すことはなかった。医者には「手術を受けなければ一生子供が産めないことになる」と告げられたが、幼い頃から「人並みに所帯持てるなんて思うな」と言われ続けてきたハル手術にかかる費用100円高額だったこともあり、「自分子供を作るようなこともない」として手術を受けなかった。ハルは「女性として機能失った」と認識しその後人生において縁談がきても応じことはなかった。晩年ハル本間章子対し次のように語っている。 すべてがとうの昔終わってしまったことだし、誰に言ってもどうにもならないから、今まで黙って運命に従ってきたが、あのとき痛めた傷だけは、今でも痛んでしようがない。あんな怪我なかしないで、一度でも、望み叶うだったら、私の人生どんなに幸せだったかもしれない。だけどそんなことは、これまで誰にも一言だって言わなかった。言ってみたところどうにもならないのだから。 — 本間2001144-145頁。 サヨハル真相語らないのをいいことに「なあに、こんげな目の見えない者だもの、転んだんで起こしたそんなになっていたった」などと周囲話していたが、ハルに傷を負わせた数年後病死した。その時ハルは「人に悪いことをすると、自分返ってくるものだ」と思ったという。

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