加越鉄道ナハフ101・102とは? わかりやすく解説

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加越鉄道ナハフ101・102

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/13 01:46 UTC 版)

阪急96形電車」の記事における「加越鉄道ナハフ101・102」の解説

形式種車となった加越鉄道ナハフ101・102は、前述のとおり1929年日本車輌製造において製造された半鋼製客車である。 鉄道省当時増備していたオハ31形に範をとった構造で、車体長約17m、車体幅約2.75m、側面窓配置はD33333D(D:客用扉)、妻面には貫通扉のほかハンドブレーキ突出して取り付けられており、その上にカバー飛び出していた。台車当時鉄道省標準型台車であったイコライザー式のTR10系である。屋根オハ31形とは異なり丸屋根で、中央にはガーランドベンチレーターが7基取り付けられていた。溶接技術進歩したことから、リベットもウインドシル・ヘッダーや車体裾部、扉周囲での使用とどめられている。内装は車端部の窓3枚分ずつがロングシート中央部の窓9分がクロスシートで、固定式の背ずりの低いクロスシート6組配置されていた。客用扉は内開きで、降雪地帯を走ることからデッキ客室の間には中央引戸置いた仕切設けられていた。 同車オハ31形準拠しながら丸屋根採用やリベットレス化を図るなど新機軸も採り入れており、後年ナハ22000系事故車復旧工事登場したオハ30形によく似た形態車両である。当時地方私鉄多く鉄道省払い下げ木造客車を主に使用していたことに鑑みると、省線最新鋭形式準拠した客車新造異例かつ意欲的な事例であった。 ところが同じ時期日本ではローカル線の小単位輸送適した内燃動車技術開発著しく発達し取引先日本車輌製造大型ガソリンカー開発するようになったことで、加越鉄道1931年同社初のガソリンカーであるキハ1~3を日本車輌新造好成績収める。そして翌1932年には、日本国内向けディーゼルカーとしては黎明期事例属すキハ11増備するという挑戦及んだ。この時点旅客輸送大半気動車化され1934年には開業以来使用していた2軸客車使用をやめ、客車はナハフ101102の2両だけとなってしまった。 その後キハ11成績良好であったことから、加越鉄道旅客輸送実質的に完全気動車化することになった1937年日立製作所製100PSディーゼル機関搭載で、当時国内向けディーゼルカーでは最大級キハ12・13増備したのである。 ここに至って従来客車使用していた混合列車気動車客車代用として連結する事態となり、結果、ナハフ101102製造後10年満たない車齢ながら、2両とも余剰となり留置されていた。

※この「加越鉄道ナハフ101・102」の解説は、「阪急96形電車」の解説の一部です。
「加越鉄道ナハフ101・102」を含む「阪急96形電車」の記事については、「阪急96形電車」の概要を参照ください。

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