ギルガメシュとアッガ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 07:09 UTC 版)
「ギルガメシュ叙事詩」の記事における「ギルガメシュとアッガ」の解説
キシュの王アッガはウルクの王ギルガメシュに使者を送った。使者たちは「井戸を空にすること」という難題を命じる。これはウルクの人々がキシュのために水汲みの労働をすること、間接的に「ウルクはキシュに屈伏すべき」という意味を含んでいる。 ギルガメシュが「我々は屈伏するまい」と言うと、長老たちは「屈伏しよう」青年たちは「屈伏するな」と答えた。その間にウルクがキシュに包囲されると、1人の勇敢な男がギルガメシュの伝言を伝えるため城外へ出て、キシュ兵の前に連行される。官位が様子を見やりに城壁から顔を出すと、アッガは「あれが王か」と勇敢な男に問う。彼が「王ではありません」と答えると、キシュの群衆はひるむことも逃げることもしそうになかった。勇敢な男が捕虜となりそうになる手前、ギルガメシュが城壁に登った途端に恐ろしい輝きがウルク中を覆い、ウルクの戦士たちは奮って武器を手にし、エンキドゥは城門を蹴飛ばし出て行った(しかし連行される)。そしてギルガメシュは姿をさらし、アッガが彼を視界に捉えると「あれが王か」とエンキドゥに尋ね、エンキドゥは「まさしく王です」と回答。瞬間、キシュの群衆は打ちのめされ、逃げ去り、全ての他国民が震え上がる。ギルガメシュは「アッガよ、貴方は逃げてきた私に魂をくれた。貴方は私に生命をくれた。私は昔日の恩寵を、シャマシュの前で貴方に返しました」と言ってアッガを捕らえることはせず、キシュへ帰ることを許した。 物語はギルガメシュを讃えたところで終結する。『シュルギ王讃歌』やシュメール王名表によれば、エンリルが起こした大洪水後、王権はキシュに降りたが、その後ギルガメシュがアッガに戦勝したことでウルクに王権が移ったと伝えられている。この背景を踏まえて物語を振り返ってみると、『ギルガメシュとアッガ』が史料的・歴史的事実の反映を伝えているのは明らかである。叙事詩から除外されたのも、他の書版と比較して英雄的であるというより幾分か歴史的であるということが影響した。 物語にはイナンナ(イシュタル)が関与しており、『ギルガメシュとアッガ』は「論争詩」というシュメール文学の一分野に筋立てされた、論争的モチーフで描かれている。イナンナがギルガメシュとアッガ、どちらが自分に相応しいかを軍神としての視点から観察しており、更にはギルガメシュの手指が綺麗であるという観点から、イナンナが女性目線で好む男性はギルガメシュの方ではないだろうか、という彼女の主観が示されている。 論争的モチーフを介して都市と都市の対立を語る作品であると認められながらも、『ギルガメシュとアッガ』に安易に史実を見出してはならないとの指摘もある。ギルガメシュの人間離れした英雄性を伝えるという点では、叙事詩の枠を飛び越えれば数あるシュメール文学の中で比肩しても明確には孤立しておらず、孤立していたとしてもそれが史実の反映に直結するとは言えない。故に戦争や征服に関する客観的な記録ではなく、ギルガメシュの英雄的功業を讃えることやイナンナの好意を競うことに主題を見出すことも可能である。
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ギルガメシュとアッガ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/12 05:52 UTC 版)
同様に叙事詩に収録されていない『ギルガメシュとアッガ』と呼ばれる歴史的物語では、アッガ軍に攻め込まれウルクの城壁を包囲される中、エンキドゥはたった一人で門の外へ飛び出しアッガ軍と戦ったと言われる。敵軍の捕虜となったエンキドゥは「あの男はまさしく私の王です」とギルガメシュを指し示した。
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