キリスト教と近代科学とは? わかりやすく解説

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キリスト教と近代科学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/08 01:41 UTC 版)

宗教と科学」の記事における「キリスト教と近代科学」の解説

17世紀生きる人々にとって、自然についての「知」が、神の御業計画についての「知」に連なるという前提は、自明のことであった。すなわち、17世紀誕生した近代科学は、キリスト教密接な関係にあったのである。リン・ホワイト(英語版)は「近代的な西欧科学キリスト教母体のなかで鋳造された」と表現している。 例えば、キリスト教会によって宗教裁判かけられガリレオ・ガリレイは、神やキリスト教否定して科学唱えたのではない。むしろその反対であり、ガリレイは、「神は『聖書』尊いお言葉の中だけではなくそれ以上に、自然の諸効果中にすぐれてそのお姿を現わし給うであります」と語っている。 アイザック・ニュートンゴットフリート・ライプニッツは、神と自然の関係について激しく論争している。「神は常にどこにおいても自然に働きかけている」と考えニュートンは、「全知・全能なる神の所産である自然は、神の介入による手直し一切必要としない」と考えライプニッツから、「神の御業に関して奇妙な見解示している」と非難された。 ニュートン擁護するブレーズ・パスカルは、ライプニッツ考え踏襲したルネ・デカルトに対して、「デカルト赦すことはできない。彼はその哲学体系のなかで、できれば神なしですませたいと考えたはずだ」と非難した1687年ニュートン発表した著作名は『自然哲学の数学的諸原理』なのであって、『自然科学数学的原理』ではなかった。17世紀において、現在で言うところの「科学的な探求」を行っていた人は、自身のこと自然哲学者呼んでいたのである。さらに、ニュートンが「自然哲学根幹というのは、神の属性や神と自然界の関係を探求することなのだ」とはっきりと述べているとおり、そもそも神のことを知り神と自然の関係を知るために自然哲学をしていたのである。そのニュートンに「あなたは"宗教"と"科学"にどのように折り合いをつけたのですか」と問うことは本末転倒である。

※この「キリスト教と近代科学」の解説は、「宗教と科学」の解説の一部です。
「キリスト教と近代科学」を含む「宗教と科学」の記事については、「宗教と科学」の概要を参照ください。

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