L3
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/06 09:12 UTC 版)
イタリア以外の使用国
- オーストリア
- 1935年から1937年にかけて70輌あまりのC.V.33、C.V.35が輸入された。これらは武装がオーストリア製のシュヴァルツローゼ機銃に換装されていた。
- ブルガリア王国
- 1935年、14輌のC.V.33が輸入され、訓練用車両として使用された。これらはオーストリア向け車両同様、シュヴァルツローゼ機銃(M1907)1挺を装備していた。
- 中華民国
- 1936年、20輌のC.V.35が輸入され、ヴィッカース 6トン戦車、T-26などとともに陸軍第200師団に配備されて対日戦に投入された。国共内戦でも使用するも中国共産党軍に鹵獲された[1]。
- ハンガリー王国
- 1938年、150輌(143輌とも)のC.V.35を輸入、35Mアンシャルド豆戦車として採用された。ハンガリーのC.V.35は機銃マウント部が改装され、武装は国産の34/A M 8mm機銃 2挺に変更された。一部の車両は、車長席上にキューポラが設置された。これら車両はスロバキア侵攻、バルカン侵攻で使われたが、次いで投入された東部戦線で大損害を被った。
- ブラジル
- 1930年代末、約23輌を輸入。C.V.35が主で、若干のC.V.38が混じっていたらしい。
- クロアチア独立国
- 1941年以降、若干のL3(33-38)を供与され、これらは主にウスタシャ軍によって国内の対パルチザン作戦に使用された。また、そのうちいくつかはパルチザン軍に鹵獲されて使われた。
- ドイツ国
- 1943年のイタリア降伏、ドイツによる占領当時も、相当数のL3が在籍しており、接収したドイツ軍ではPanzerkampfwagen CV35 731(i)の名称で警察部隊ほかが使用した。火炎放射戦車型にも、Panzerkampfwagen L3/33(Flammenwerfer) 732(i)の外国兵器器材番号が割り当てられている。
- スペイン
- スペイン内戦において1936年末以降、L3が反乱軍に供与された。イタリア義勇軍のL3を反乱軍が使用したこともあった。
ほか、アフガニスタン、アルバニアなどが少数を輸入したとされる。また、ギリシャは侵攻したイタリア軍から若干のL3を鹵獲使用した。
- ^ “被土著人徒手打敗的義大利坦克——CV33超輕型坦克” (中国語). 每日頭條 (2017年1月15日). 2019年8月16日閲覧。
「L3」に関係したコラム
-
カマリリャピボット(Camarilla Pivot)とは、オシレーター系のテクニカル指標のピボットを元に作られた指標のことです。カマリリャピボットは、当日の値動きは前日の高値と安値の中間値が基準になる...
-
FX(外国為替証拠金取引)のペイオフレシオ(payoff ratio)とは、FXでの取引における利益率のことです。ペイオフレシオは、リスクリワードレシオ(risk reward ratio)ともいいま...
- >> 「L3」を含む用語の索引
- L3のページへのリンク