鹿瀬町 鹿瀬町の概要

鹿瀬町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/11 04:00 UTC 版)

かのせまち
鹿瀬町
鹿瀬町旗 鹿瀬町章
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
津川町鹿瀬町上川村三川村阿賀町
現在の自治体 阿賀町
廃止時点のデータ
日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
東蒲原郡
市町村コード 15382-6
面積 257.69 km2
総人口 2,775
(2004年9月30日)
隣接自治体 津川町三川村新発田市
福島県西会津町山都町
山形県飯豊町小国町
町の木 ユキツバキ
町の花 ユキツバキ
他のシンボル 町歌『ときめきの彩』
鹿瀬町役場
所在地 959-4392
新潟県東蒲原郡鹿瀬町鹿瀬8931
外部リンク 鹿瀬町HP(アーカイブ)
座標 北緯37度41分36秒 東経139度28分55秒 / 北緯37.69322度 東経139.48181度 / 37.69322; 139.48181座標: 北緯37度41分36秒 東経139度28分55秒 / 北緯37.69322度 東経139.48181度 / 37.69322; 139.48181
鹿瀬町の位置
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概要

町域は明治期に国内2位の産銅量を誇った草倉銅山で賑わい[1]、その後は昭和電工鹿瀬工場の企業城下町として発展した性質をもつ[2]。同工場から阿賀野川へ流出した水銀が発端となり新潟水俣病が発生した。

津川町への通勤率は16.0%(平成12年国勢調査)。

地理

歴史

沿革

  • 1955年昭和30年)4月1日 - 東蒲原郡両鹿瀬村豊実村日出谷村が合併し、鹿実谷村(かみたにむら)が発足。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月1日 - 町制施行し鹿実谷町(かみたにまち)となる。
    • 1月10日 - 名称を鹿瀬町に変更。
  • 2005年平成17年)4月1日 - 東蒲原郡津川町、上川村、三川村と合併し、阿賀町となり消滅。

行政

  • 町長:長沢均(1987年12月6日から)

  1. ^ 阿賀の近代産業”. 阿賀の学習教材サイト. 一般社団法人あがのがわ環境学舎. 2021年9月12日閲覧。
  2. ^ 地域再発見講座(第15回)「旧昭和電工㈱ものがたり~カーバイト電炉の輝き・企業城下町の記憶~」 - 阿賀野川え〜とこだ!流域通信.2019年1月18日閲覧。
  3. ^ 鹿瀬観光マップ(鹿瀬町) - ウェイバックマシン(2005年2月9日アーカイブ分)
  4. ^ 町の見どころ(鹿瀬町) - ウェイバックマシン(2005年2月14日アーカイブ分)


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